経営学修士(MBA)の称号を持つ経営者が米国のモノ作りの力を弱体化させた――。 こんな仮説が再び米国で語られ始めている。MBAの功罪はこれまで様々な分野で議論されてきた。
2006年にカナダのヘンリー・ミンツバーグ教授が記した『MBAが会社を滅ぼす』(日経BP社)では、古典学派の主張した管理職能論が真っ向から否定された。
マネジメントの経験がない若者にケーススタディーを施しても役に立たないとの主張だ。それはハーバード大学MBAの存在そのものを否定する論述だった。
そして今、ゼネラル・モーターズ(GM)のロバート・ルッツ前副会長が新刊『クルマ屋VS経理屋:ビジネス魂を求める戦い(仮題:日本では未刊)』を出し、MBA経営者が増えすぎたことが米国製造業の競争力の低下につながったと説いている。
財務諸表を気にしすぎた経営者がビッグ3を弱らせた
ちなみに、本の題名で使われている「経理屋」という言葉は原文では「ビーンカウンター(Bean Counters)」という単語で、豆を数えるのが仕事という蔑みが込められている。
財務諸表を気にする傾向が強いMBA経営者たちは、コスト削減に重きを置くあまりモノを作ることに力点を置かなくなった。それがビッグ3衰退の一因になったとの意見だ。
ルッツ氏は47年間の長きにわたってフォード・モーター、クライスラー、GMを渡り歩き、米国の自動車業を知り尽くした人物である。
実は同氏自身、カリフォルニア州立大学バークレー校でMBAを取得しているが、MBAが企業経営の万能薬ではないことを経験から学んでいた。すべての業界で秀逸なビジネスマンになるというのは幻想に過ぎないと主張する。
自動車業界では1970年代後半からMBAを持つ管理職が財務諸表を重宝しだすようになり、モノ作りを軽視し始める。彼らは品質よりも利益率を重視するあまり、欠陥車と分かりながら製造を続けるしたたかさを持っていた。
1979年のことである。ルッツ氏はフォード・ヨーロッパ社の社長に就任する。当時、フォード車の品質は業界では「平均点だった」と告白している。
ただ、4気筒エンジンの構成部品の1つであるカムシャフトというバルブを開閉するパーツに欠陥があったことをエンジニアは知っていた。