4月に始まったこの連載も半年が過ぎ、あちこちで感想を聞く機会があった。

 中でも反響が大きかったのは、予想通りと言うべきか、第1回の「妻の容貌 カオとカネの交換システムとしての結婚」だった。

 (興味のある方は、リンク先に飛んでお読みください。すでに読んでいる方も、もう一度どうぞ、と気軽に書けるのがインターネットのありがたいところである)

 「妻の容貌」は、2002年2月に朝日新聞夕刊のコラム「時のかたち」に掲載されたエッセイで、手前味噌ではあるが会心の出来でもあり、それに前後を付け足して「結婚のかたち」の劈頭(へきとう)を飾らせていただいたのである。

 幸い今回も好評だったが、感想のポイントがきれいに2つに分かれたのが私には面白かった。

 1つは、「私の妻は美人ではない」と断言しながら、「私は、妻の容貌に不満を感じていないのである」と受けて、最後に「皆さん、もっと女性の誉め方を増やしましょう」と締め括る拙文の趣旨に賛同してくれたもの。

 もう1つは、そうした趣旨の是非はともかく、よく奥さんの顔をネタにできますねという、単純かつ深甚な驚きの表明だった。

 「絶対に嫌ですよ。親からでも夫からでも、顔のことをどうこう言われるのなんて」と本気で嫌がっていたのは、私と同じ歳の既婚女性である。

 「でも、僕が書いたのは、妻は美人じゃないってことだけで、もう少し鼻が高ければいいとか、本当はああいう顔は好みじゃないとかって愚痴を言ったわけじゃないですよ。そもそもそんな不満はないわけで」

 「それは分かってますけど、とにかく顔のことを言われるのは嫌なんです」

 酒席でもあり、日頃の有能な編集者ぶりをかなぐり捨てた物言いが可笑しくて、私は適当に受け流していた。しかし別の機会に別の編集者からもほぼ同様のことを言われて、どちらの女性も私からすれば上出来に見える顔立ちなだけに、そこまで嫌がらなくてもいいのにと意外な気がした。

 もっとも事情は男性の側も同じで、デビュー以来のつき合いである編集者からは、先日次のように言われた。

 「こう言うと、本当に申し訳ないんですけど、僕は佐川さんが書いたものの中で一番衝撃を受けたのは『妻の容貌』なんです」

 彼は私より5~6歳下の既婚者なので、「それで○○さんは、自分の奥さんの顔をどう思っているんですか?」と訊ねることもできたわけだが、私は黙っていた。