「企業再建の神様」と言われ、1974年当時「史上最大の倒産」と言われた興人を再建した早川種三さんの言葉に、以下のようなものがある。

 「人間、働くことに最大の生きがいがある。みんな働きたくてうずうずしている。

 従業員に一生懸命働いてもらいたいと思ったら、働きたいという気持ちを阻害している根本原因を真剣に考え、取り除くことだ、そうすれば、黙っていてもひとりでに組織は活性化し、順調に動いていくようになる

 私がことに好きなのは、「みんな働きたくてうずうずしている」というところだ。人間は本来人のために役に立ちたい。皆に喜んでもらいたいという気持ちがあると思う。

 私の孫は今ちょうど2歳だが、家人が出かけようとするとその人の靴を持ってくるし、食べるものがあると、必ず周囲の人に配る。人間は本来、人の役に立ちたい、喜んでもらいたいという気持ちであふれていることがよく分かる。

 定年後の長い人生をどのように生きるかは誰にとっても大問題だ。「働いている時にできなかった著作をしよう」とか、「調査研究をしたい」という夢を語る人もいるが、実際に暇になってみると、そのような志を長く維持し続けられる人はごく少数だ。

 忙しく社会生活を営んでいるからこそ、「あれもしたい」「これもしたい」と思うわけで、社会との接点がなくなってしまうと、そもそも元の意欲を思い出すことすらなくなってしまう。私自身の経験から言ってもよく分かる。だから、働く場所があってこその「自由な時間」だと言えるだろう。

 少子高齢化の時代であればこそ、高齢者の職場を創出することが重要だと言える。高齢者が若者に代わって、社会の隅々を支えてゆくのだ。

「社員を消耗品扱いするのはおかしい」

 そんな高齢者に生き甲斐と働く場を提供しようと設立されたのが、高齢社(東京都・外神田)である。

 分かりやすい名前だが、「こういう名前の方が一度で覚えてもらえるから」とは、上田研二社長の言葉。

 上田さんは愛媛県の生まれだ。小学校の頃に父上が失業したため、一家は貧窮のどん底に。幼い上田さんが新聞配達やアイスキャンディー売りをして家計を支えた。だから、仕事があることの大切さを知っている。

 愛媛県の八幡浜高校を卒業後、東京のガス会社に検針員として入社した。50歳の時には他社に出向し、経営難に陥っていた会社2社を立て直した。

 当時は「リストラ」が再建の決め技とされていた。ここで言うリストラとは、従業員の解雇である。だが上田さんは、「社員を消耗品扱いするのはおかしい。社員と、協力企業を第一に考えるやり方が最終的には最も良いはずだ」という信念を持ち、リストラを行わなかった。従業員を説得し、新たな仕事を獲得し、金融機関と折衝した。上田さんの熱心さと真摯な態度に周りじゅうが感化され、見事に立て直した。