動かなければ道は開けない、
被災した鮮魚店「まるか」の実験

2011.08.22(Mon) 高成田 享
筆者プロフィール&コラム概要

 東日本大震災で店が大破した宮城県石巻市の鮮魚店「プロショップまるか」(社名は「まるか中央鮮魚」)が、5月末に店を再稼働させたのに続いて、8月からはインターネットによる鮮魚の販売を始めた。

 まるかのホームページをのぞいていただければ分かるように、筆者が勝手連のようにボランティアで支援している店だが、震災復興に向けての1つの試みとして、紹介したい。

魚を知り尽くしている「おさかな道」の師

 筆者がまるかの復興に協力することになったのは、店主の佐々木正彦さんにほれたからだ。新聞社の石巻支局長として2008年1月に赴任した時に、魚に詳しい魚屋さんだと、石巻魚市場の須能邦雄社長に紹介されて、まるかに通うようになった。

 魚市場の仲買人であり、小売りもするのだから、魚に詳しいのは当たり前だが、それぞれの魚の生物学的な知識から魚にまつわる伝承まで、多岐にわたって知っていることに驚いた。まさに「歩く魚事典」で、筆者はすぐに、佐々木さんを「おさかな道」の師と仰ぎ、弟子入りすることにした。

 佐々木さんは、水産都市の石巻で育ったとはいえ、今回の震災直後に亡くなった父親は元農協職員だというから、もともと魚に詳しいわけではなかった。妻の和子さんが宮本水産という老舗の水産会社の長女で、この会社の小売り部門を夫婦でまかされたことから、魚の販売だけでなく、魚の勉強にも励んだという。

 まるかの売り先は、「プロショップ」と名乗っているように、料理店が多い。午前中は、石巻でも味自慢の料理店の店長が、その日に出す魚を買っていく。この店の売り物は、鮮魚だけではなく、一般のお客に向けた総菜コーナーで、卵焼きから刺身や塩辛まで、豊富な品揃えが人気を得ていた。

なぜ漁師たちがこぞって魚を売りにやって来るのか

 震災で、店は天井近くまで冠水し、ショーケースなどの設備だけでなく、冷蔵庫など大型の装置も使えなくなった。

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1948年生まれ。東京大学経済学部卒業。71年に朝日新聞社に入社。山形・静岡支局員、東京経済部員、アメリカ総局員(ワシントン)、経済部次長、アメリカ総局長(ワシントン)、論説委員などを歴任。96年から97年にかけてテレビ朝日「ニュースステーション」キャスターを務める。定年後にシニア記者として2008年1月より2011年2月まで石巻支局長。2011年4月より仙台大学教授。仙台白百合女子大学非常勤講師、前橋国際大学客員教授。農林水産省太平洋広域漁業調整委員会委員。主な著書に『ディズニーランドの経済学』(共著)、『アメリカの風』、『アメリカ解体全書』(共著)、『榎本武揚』(共編著)、『こちら石巻 さかな記者奮闘記』『話のさかな・コラムで読む三陸さかな歳時記』(共編著)などがある。


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