米大手証券会社の経営破綻が世界的な金融・経済ショックにつながった「リーマン・ショック」から、15日でちょうど1年になる。ドルLIBORが過去最低を更新し続けるなど、金融市場は表面的には安定しているものの、問題の根源は未解決のままであり、景気・金融システムの先行きについては不確実性が強い。

 2008年9月に大きなショックが世界経済に加わったことで、何が変わり、何が変わらなかったのか。この機会に整理しておきたい。

【「リーマン・ショック」で変わったこと】

(1)世界経済の需要レベルの急激かつ大幅な下方シフトと、需給ギャップの拡大

 1990年代前半から、借金(および借金を美徳とする文化)と住宅・株式のキャピタルゲインを元手にして膨らんでいった米国人の過剰消費は、住宅バブルの崩壊を契機にして、徐々に解消過程に入っていた。「リーマン・ショック」は、そうした流れを一気に加速させるきっかけを提供することになった。床が抜けたかのような米国の個人消費落ち込みは、それまで直接・間接に米国に向けられた輸入で潤っていた日本、中国、ドイツなど世界の多くの国々での輸出激減につながり、世界同時不況が発生した。

 さらに、米国の水脹れした需要水準を前提に形成されていた供給能力がいまや過大なものになってしまったため、大きく開いた需給ギャップをいかに調整するかが課題になっている。企業側が設備投資や雇用・賃金の抑制を図る、さらには企業の数自体が減少していくという「供給サイドのダウンサイジング」が、各国の景気を追加的に押し下げる要因になっている。同時に、需給ギャップに根差したデフレ圧力が、各国中央銀行によって警戒されている。

(2)マーケットの「リスク」に対する警戒感の増大

 住宅バブルに連鎖して発生した証券化商品の予想外の価格急落、さらには分散投資という手法の有効性に疑問を投げかけることになった「リーマン・ショック」。市場リスクの管理で通常用いられる、正規分布を軸とする確率論的な考えに頼り過ぎることの妥当性に、疑問が投げかけられることになった。その象徴が、米国でベストセラーになったナシーム・ニコラス・タレブ著『ブラック・スワン』(邦訳はダイヤモンド社)であろう。犬走文彦『反経済学講座』(新潮社)も、問題点を分かりやすく説明している。

 「テールリスク」の存在を痛感した日本の機関投資家の運用の現場では、金融工学や格付けに頼るのではなく、「通説を疑おう」「主観が大事だ」という言葉が飛び交うようになり、ある大手損保ではあえて主観を重視して、前提を変えて影響を考えるリスク手法を実践するようになったという(9月8日付 朝日新聞)。

(3)「デカップリング」否定論の浸透

 「リーマン・ショック」をきっかけにして世界経済が同時不況に陥ったこと、世界のマネーが新興国などから米国に回帰(逃避)する流れが強まったことは、世界経済は新興国の高成長などから多極化しているので米国が景気後退に陥っても大丈夫だ、という趣旨の「デカップリング」論に、とどめを刺した感が強い。世界経済は、「モノ」と「マネー」の両面から、米国を軸にして動いており、米国という最大のドミノが倒れると、程度の差はあるにせよ、ブラジルなども含むその他諸国のドミノも倒れる、ということが、はっきり確認された。

(4)金融規制監督強化の流れ・G20の役割増大

 金融ショックのマグニチュードがあまりにも大きかったため、G20による金融サミットという新たな枠組みがつくられて、金融面の規制監督を強化し、金融危機の再発を予防することになった。グローバリゼーションが進展している中で、従来のG7(ないしG8)体制では、問題の解決には不十分。G20の重要性が今後ますます増大していくことは明らかだろう。