「政府が管理する5000億から1兆4000億円の現金が消えた」と聞いたら、まず何を考えるだろうか。
大半の人は、額が大きすぎてピンとこないかもしれない。
およそ7000トンから2万トンほどもある、100ドル紙幣の膨大な札束が誰にも気づかれずに消えた──、盗まれた可能性があると聞いたら、いかにとんでもない大事件かが分かるだろう。
にわかには信じられないような話だが、イラクで米国が管理していたこれだけの現金が、いまだに行方不明のままだということが分かってきた。
先月、この問題を7年間調査してきた米国の政府機関が、この現金のほとんどが盗まれた可能性があるとメディアにリークした。
一体誰がどうやって? その現金はどこから来て、誰のものだったのか?
ようやく明らかになってきたこの現実離れした事件の概要は、米国がイラクに侵攻した直後の想像を絶する混乱と無策状態をよく物語っている。
ニューヨーク連邦準備銀行に眠っていた「イラク開発資金」
米国がイラクに侵攻し、サダム・フセインが失権した直後、米国主導で暫定政府の「連合国暫定当局」(CPA)が設立された。CPAの責任者は米国人で、米国防省の管轄だった。
CPAは「独裁政権崩壊後の混乱を最小限に食い止める」ため、イラク人に発言権をほとんど与えなかった。
しかし間もなく、この米国主導の施政にイラク人政府関係者や聖職者らが不満を露わにしだした。給料や様々な資金の遅れが、彼らをさらに怒らせた。
少なくとも政府で働くイラク人の給料と年金を支払い、緊急のインフラ整備や復旧プロジェクトなどを進めるため、まとまった資金がすぐに必要になった。しかし、米国議会で予算を通す時間はない。
そこで目を付けたのが「イラク開発資金」だった。
フセイン政権下の経済制裁や、国連の石油食料交換プログラムで得られた収入、没収されたフセイン一家の不正資金など、巨額の資金が「イラク開発資金」という名前の口座で、ニューヨーク連邦準備銀行に眠っていたのだ。実際の額は知られていないが、最低でも200億ドル(およそ1兆6000億円)はあったとされている。