加速度をつけて進む高齢化社会の中、住居を都心部に移す「都心回帰」が目立っている。だが、そうした都心族は富裕層のみで、生活費に余裕がない高齢者は郊外に追いやられている。この「逆ドーナツ化現象」をこのまま放置していては日本の活力はますます削がれてしまうのではないか。
豊かな高齢者は都心回帰
戦後の高度経済成長で大都市の中心部の土地の値段が高騰し、生活環境も悪化して、住人たちは都心から数十キロ圏内の周辺都市へと移っていった。人々は満員電車に揺られて会社や学校に通い、夜になるとまた電車に乗って自宅へと帰っていく。人口分布はまるで真ん中に穴の空いたドーナツのようになった。これが「ドーナツ化現象」だ。
だが、バブル経済崩壊後は都心部の地価や不動産価格が安くなり、近年は住民の「都心回帰現象」が起きている。高い賃料やローンを払っても通勤時間を短縮できるなど時間を有効に使うことができるからだ。未婚者や離婚者などの単身世帯では特にこの傾向が顕著だという。
高齢者にとっても都心は便利だ。クルマの運転ができなくなっても地下鉄やバスなど公共の交通機関が発達している。交通費の優遇される「シニアパス」でどこへでも行くことができるし、駅のエスカレーター設置などバリアフリー化も急速に進んでいる。コンビニやデパートは点在しているし、病院や役所などの諸施設にも近い。美術館や映画館など文化・芸術関連施設へのアクセスが容易だ。
だから都心に住みたがる高齢者は少なくない。大手不動産会社によると、東京都心部のマンションは分譲価格が億円単位のいわゆる「億ション」から売れていく。かつてはIT長者など若年層も多かったが、いまは仕事をリタイアして子供たちも巣立っていった初老の夫婦の購入が目立つのだという。投資目的ではなく、自分たちが実際に住むためだ。中でも終身介護付き総バリアフリーの分譲住宅は人気物件で、完成前からソールドアウトになってしまうそうだ。
これまで郊外の庭付き戸建て住宅に住んでいたが、もう子供部屋は要らないし、年を取れば取るほど広い敷地は掃除などの管理が負担になってくる。そこで住み慣れた郊外住宅を引き払い、便利な都心の集合住宅を終の棲家にしようというのだ。
国税庁が7月1日に公表した今年1月1日現在の路線価は、全国の標準宅地の平均額が4年ぶりに下落に転じた。東京、大阪、名古屋の3大都市圏でも下落しており、このような高齢者の都心回帰はこれからもっと増えるだろう。