羽生善治におけるリーダーシップのあり方

河野 羽生さん主導の下に、現代将棋の戦い方はどう変わったのか、もう少し具体的に説明していただけますか?

梅田望夫氏
1960年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学科修士課程修了。94年からシリコンバレー在住。97年にコンサルティンング会社、ミューズ・アソシエイツを創業。2005年より株式会社はてな取締役。著書に『ウェブ進化論』『ウェブ時代をゆく』『シリコンバレー精神』『ウェブ時代5つの定理』などがある。趣味は将棋鑑賞、大リーグ野球観戦。ブログは「My Life Between Silicon Valley and Japan

梅田 ここから先は羽生さんひとりではなくて、彼を中心とする同世代の棋士たち(羽生世代)がもたらしたムーブメントということになるのでしょうが、15年くらい前まで、将棋では「定跡(じょうせき)」という考え方が確固として存在していました。いわゆる「矢倉(やぐら)」とか「振り飛車(ふりびしゃ)」といった戦法で、対局の序盤30手から40手というのは、「大体こういう形で組み合って」という暗黙の約束事に近いものが存在してオートマティックに進められていたわけです。ところが、そうした予定調和を排して、「定跡」を徹底的に疑いながら、序盤から緊張感を持って戦うやり方がいまでは主流になってきています。そのきっかけを作ったのが羽生世代であり、羽生さんの「変わりゆく現代将棋」はその革命宣言であったわけです。

 ただし、それがすぐに広く理解されたわけではありません。現に「変わりゆく現代将棋」は未刊に終わった名著です。しかし、羽生さんのリーダーシップというのは、それでも構わず、粛々と前に進んでいくところですね。過去に将棋界で革命を起こそうとした人たち──例えば升田幸三さんなどは、時の権威者に正面から戦いを挑みながら、派手なパフォーマンスで耳目を集め、数々の面白い逸話を残しています。それに比べると、羽生さんは自分で自分をプロモートするというよりは、仮にすぐには理解されなくても自分はやるべきことをやり続けていく、といったスタイルです。いわば背中を見せることによって、人に何かを伝えていくというやり方です。だから革命を起こしながらも誰からも嫌われない。将棋界の古い伝統を愛している旧世代でも、彼を悪く言う人は誰もいない。同世代からも支持される。若い人もついていく。僕はこれを見ていて、リーダーシップのあり方という点でも、羽生さんは時代の最も先端的なものを示しているのではないかと思っています。内面のストレスがどのくらいあるのかは知りませんが、とてつもない能力を日本社会の中で発揮していく際のひとつのモデルではないか、その意味で現代の最も貴重な日本人ではないか、と心から敬意を感じています。

「将棋って、どこかに曖昧さが残るものなんです」

河野 将棋界になぜ革命的変化が起こり得たのか。羽生さんの「背中」が求心力を持ったのは、勝負に勝ち続けたことが大きいのでしょうね。

梅田 古い将棋界を牛耳っていた人たちは、羽生世代の台頭とともに勝てなくなりました。だから、将棋のように勝ち負けがはっきりしていて、最終的にはそれがすべてを支配する世界だったということは、彼にとっての幸運だと思います。日本の他の社会だと、仮に彼のような潜在力の持ち主であってもきっと埋没してしまうでしょう。あと、将棋界には天才を集めるシステムが整備されていることも大きいと思います。

河野 人材の発掘と育成のシステムがあることですね。

梅田 はい。全国の天才たちが発掘されて「奨励会」という下部組織に属し、将棋に身を捧げます。プロになるための極めつけの厳しい登竜門が用意されていて、プロになれなければ、人生を一からまったく新たにやり直さなくてはなりません。ある種の決定的な実力主義、成果主義が将棋界を貫いていて、この伝統だけは微動だにすることがありません。とてつもなく過酷なコントラストの頂点に、トッププロが15人から20人くらいいるという世界です。いまの日本社会ではそういう苛烈さを子供に求める場所はないでしょう。