2008年末頃から、金融危機下の銀行によるリスク負担能力の低下が俎上に載せられ、「貸し渋り」の発生とそれに伴う金融機関の責任や、当局の対応をめぐる議論が再燃し始めた。筆者自身は金融機関の側で育ったせいか、「貸し渋り」や「貸し剥がし」と言われる事象が発生する論理的なメカニズムを実は理解できていない。

 それでもバブル崩壊後のように、銀行が「これまで調子に乗って貸し過ぎましたから、今後は融資基準を正常化します」という場合には、「貸し剥がし」も分からないでもない。

 しかし、今回の海外需要停滞不況においては、その前から邦銀の審査は節度を持っており、揺り戻し的な貸し出し回収はあり得ない。もちろん個別事例では、不動産・建設関係を中心にそういう事例はあるだろう。だがそれは貸し渋りでも何でもなく、乱脈融資のツケでしかない。

 金融機関に勤めるプロたるもの、貸し出すカネは他人様の預金だから、まずはそれを安全に運用するのが基本になる。「貸し倒れになりそうなら、回収に入る」「売り上げが落ちて在庫が溜まり、手形決済が引き延ばされた時、繋ぎのいわゆる後ろ向き資金は出さない」などは、プロとして最低限の仕事だ。

 景気後退局面では、前向きの設備投資が増えることはまずない。もしそれを開拓すれば、銀行内で営業の「カリスマ」になれるが、その多くがロクでもない案件であることを歴史は物語る。

 こうした時期には、資金需要が後ろ向きの運転資金に集中する。貸出残高が増えないのは、景気後退期の信用リスク増加への対応でしかない。舌をかみそうな言葉だが、今風に言えば「プロクシカリティー」になる。こんな状況下で、銀行に資本注入すれば「貸し出しが増える」、あるいは「融資姿勢が積極化する」というのは、筆者にとってイリュージョン以外の何物でもない。

B/Sの綺麗な銀行でも・・・不況時は伸びない貸し出し

 バブル崩壊後、銀行貸し出しが減少していた景気停滞期。筆者は同僚と「こんなに不良債権を抱えていたら、リスクテイクできない。既存貸し出しの管理で精一杯だから、新規融資の審査の余裕などない」といった議論をしていた。

 そこに、ぶらりと(今思い返すと、故意ではないかと勘ぐっているが)現れた銀行の役員が、「今、不良債権のない綺麗な銀行を設立したら、その銀行の貸し出しは伸びるのか? そういうものではないだろ」といたずらっぽく発言した。当時、痛いところを突かれた思いがした。