車窓に広がる東シナ海

東シナ海の美しい海岸線に沿って走る、第3セクターの「肥薩おれんじ鉄道」。鹿児島県薩摩川内市と熊本県八代市の間、約117キロを28の駅で結ぶ。今年3月の開業5周年にあたり嶋津忠裕社長(64)は「両県の皆様の温かい支援のお陰で今日を迎えることができた。地域で愛され、地域の役に立つ鉄道になれるよう、努力したい」と意気込みを語った。

 しかし、1両編成でゆったり走るのどかな光景とは裏腹に、客数の頭打ちで運賃収入が伸び悩み、約6億円の累積赤字を抱える苦しい経営。車内には「皆様、年1回の乗車をお願いします!」と沿線住民に訴えるポスター。悲痛な叫びを乗せて、おれんじ鉄道はひた走る。

 肥薩おれんじ鉄道は2004年3月開業。九州新幹線が新八代―鹿児島中央間で部分開業したことに伴い、鹿児島本線の一部区間を分離し、JR九州から経営移管を受けた。鹿児島・熊本両県と沿線市町などが出資する県境を越えた第3セクター鉄道。

   温州みかん、デコポン、甘夏、晩白柚(ばんぺいゆ)・・・沿線を彩る柑橘類の鮮やかな色にちなんで命名した。地域住民の通勤や通学を中心に、年間約170万人が利用する。このほか、紙・パルプや酒造品など年間50万トンの鉄道貨物を取り扱う。

 もともと、整備新幹線の並行在来線型の3セク鉄道は、利用客が新幹線に流れてしまい、経営悪化が避けられない運命。さらに、少子高齢化が進む中で、乗降客の7割を占める通学定期券利用の学生の漸減傾向が続く。JR時代と比べて運賃が値上がりしたことや、特急の廃止でマイカー利用に切り替えた人も多く、開業初年度から売上高が目標に届かない苦難のスタートを切った。

あの手、この手で乗客呼び込み

 そこで同社は、鹿児島県側で「鹿児島県肥薩おれんじ鉄道利用促進協議会」、熊本県側で「肥薩おれんじ鉄道沿線活性化協議会」を発足。それぞれの県知事を会長に据え、自治体、商工団体、地元企業を巻き込み、波状攻撃のように利用促進策を次々と繰り出している。

 2004年度は絵画コンテストを実施し、優秀作品を車内に掲示。応募者本人ばかりでなく、「息子が入賞した」「孫の作品が見たい」という親心、爺心をくすぐり、乗降客を呼び込む作戦は大当たり。以降、毎年、実施している。