ダートマス大学タックビジネススクール教授のロン・アドナー氏(撮影:榊水麗)

「両利きの経営」を提唱したマイケル・タッシュマン氏や「心理的安全性」のエイミー・エドモンドソン氏など、世界の名だたる経営学者が名を連ねる「マネジメント研究における学術的厳格性と実務的適合性に対するスマントラ・ゴシャール賞」を受賞した経営学者が初来日した。「エコシステム・ディスラプション――業界なき時代の競争戦略」(東洋経済新報社)などの著書で知られるロン・アドナー氏だ。「日本企業は“エコシステム”というコンセプトを経営戦略に取り入れるべき」と説く同氏に話を聞いた。

コダック倒産の理由は「デジタル化への対応」ではない?

──アドナーさんは「エコシステム・ディスラプション」などの著書において、新しいフレームワークで経営戦略を立案・実行すべきだと提唱しています。「エコシステム」という言葉はどのような概念を指すのでしょうか。

ロン・アドナー氏(以下敬称略) 多くの日本企業は、DXをはじめとした「企業変革」に強い関心を持っていると聞きました。実は、私が主張する「エコシステム」という概念はこれからの時代の企業変革に必要不可欠なものであり、このコンセプトを理解しない企業は 今後生き残ることが難しいと思っています。

 エコシステムとは日本語では「生態系」と訳されますが、ここでは企業が単独で価値を生み出すのではなく、複数の企業が相互に関係し合い、共に価値を創出する仕組みを指します。エコシステムという概念が重要になってきた背景には、現在の企業を取り巻く競争環境の大きな変化があります。
 
 音楽ビジネスを例に挙げましょう。iTunesが登場した2000年、レコード会社はそれまでのCD販売を「デジタル化」するだけで十分でした。CDの時代と同じように「1曲/アルバム単位」でオンライン上のリスナーに販売するだけで事足りたのです。

 ところが定額聞き放題のサブスクリプションサービスが誕生したことで競争環境は一変します。SpotifyやApple Musicのようなプラットフォーマーが支配力を持ち始めたことで、レコード会社はiTunes黎明期のように「売れる楽曲/アルバムを効率的に販売する」だけではビジネスが成り立たなくなったのです。サブスク全盛期の現在、成功しているレコード会社は、アーティストやユーザー、広告主を巻き込み、収益を複合的に確保する「エコシステム」を構築しています。