
生物界における突然変異のように、一人の個人が誰も予期せぬ巨大なイノベーションを起こすことがある。そのような奇跡はなぜ起こるのか? 本連載では『イノベーション全史』(BOW&PARTNERS)の著書がある京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンスの特定教授・木谷哲夫氏が、「イノベーター」個人に焦点を当て、イノベーションを起こすための条件は何かを探っていく。
今回は、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスを取り上げる。eコマースの基盤が整っていなかった時代に、いかに手探りでサービスを立ち上げ、顧客の声を糧に改善を重ねていったのか。「小さく始めて学ぶ」戦略の本質に迫る。
インフラが整わないうちに販売を始める
1994年、インターネット利用者が年2300%で増加しているというデータに注目したジェフ・ベゾスは、この急成長する波に乗ることを決意。メガトレンドと市場構造を基に逆算し、たどり着いた答えが「オンライン書店」だった。
ロジカルに徹してアマゾンのビジネスを計画、有名ヘッジファンドの高給キャリアを手放し、なんとか両親からの支援とエンジェル投資家からの投資で創業資金をかき集めたものの、創業初期の最大の課題は、eコマース(電子商取引)のインフラ(在庫管理、倉庫、決済、物流、カスタマーサービス)がまったく整っていなかったことである。
いくら創業資金は調達できても、物流、決済、顧客対応、商品データベースなど全てを自前でゼロから構築することまでは到底不可能であった。それでもベゾスは、「市場が急成長する中で、誰よりも早くスタートすること」が重要だと確信していた。