ビジネス書の名著・古典は多数存在するが、あなたは何冊読んだことがあるだろうか。本連載では、ビジネス書の目利きである荒木博行氏が、名著の「ツボ」を毎回イラストを交え紹介する。

 今回は、エネルギーと人類の歴史をたどり、現代社会が陥った問題の本質と未来への道筋を描き出した『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』(古舘恒介著、英治出版)を取り上げる。エネルギー問題を考えることが、なぜ「いかに生きるべきか」を問い直すことにつながるのか?

カズオ・イシグロが名付けた「縦の旅行」

 皆さんは旅をしているだろうか?

『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』(古舘恒介著、英治出版)

 いつも住み慣れた土地から離れて、非日常空間に身を置くと、それだけで多くの発見を得ることができる。もちろん旅をする理由は単に楽しいからで十分だ。しかし、旅は副産物として多くの発見をもたらしてくれる。

 旅をして気付くのは、自分が当たり前だと思っていることが必ずしもそうではない、ということだ。私にとって人生最初の海外旅行はニュージーランドだったが、あの広大な土地とゆっくりと流れる時間の中で、自分が持っていた時間感覚や空間感覚は決して世界共通のものではないことを初めて知ることができた。

 皆さんも今までの旅を通じて、目からうろこが落ちる経験をたくさんされたことだろう。旅というのは、自覚すらしていなかった価値観を内面から引っ張り出し、それは選択可能だということに気付かせてくれる。

 私たちはたまたま今の環境にフィットした価値に重きを置いているだけであって、それは決して固定的なものではないのだ。

 そこに気付くためにも、私たちには旅が必要だ。そして、その旅は地理的な移動を伴うものでなくてもよい。自分の知らない世界に触れ、今の自分の世界に対して新たなまなざしを向けることができれば、必ずしも移動が必要なわけではない。

 ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロは、同じ地域であっても価値観の異なる人と対話することを「縦の旅行」と呼んだ(※)が、こうした広い意味で考えれば、私たちはいつでも旅に出ることができるのだ。

(※)https://toyokeizai.net/articles/-/414929