三菱地所 住宅業務企画部 統括の橘嘉宏氏(撮影:今祥雄)

 三菱地所が開発し2021年にリリースした総合スマートホームサービス「HOMETACT」。デジタルサービスによる顧客接点の強化を目的に検討が始まったこのサービスは、新築・既築住宅の価値向上に加え、不動産業界全体を活性化させる可能性も秘めている。多数の住宅設備機器・家電との連携や、スタートアップとのオープンイノベーションにも取り組みながら業界の変革を目指す。「HOMETACT」は、どのように生まれたのか。開発の経緯や今後の展望について、プロジェクトを牽引する住宅業務企画部統括の橘嘉宏氏に話を聞いた。

スマートロック黎明期の取り組みから「スマートホーム」サービスの開発へ

――三菱地所は、いつごろからデジタルを活用した新規事業開発に取り組み始めたのですか。

橘 嘉宏/三菱地所 住宅業務企画部 統括

2008年三菱地所株式会社入社。分譲マンションの用地・一棟リノベーション事業の立ち上げなどを経験後、同社の住宅事業グループのバリューチェーン推進業務に従事。以後、住宅事業グループCRM立上げや会員組織「三菱地所のレジデンスクラブ」統合プロジェクトなどDX施策・新事業の立ち上げを主に担当。総合スマートホームサービス「HOMETACT」を2021年11月にリリース。サービス外販を本格化、サービス導入先を急拡大している。

橘嘉宏(以下、敬称略) 当社は2018年ごろからDX施策に本格的に取り組んでおり、とりわけ顧客接点をデジタルサービスで活性化させる取り組みを中心に進めてきました。そうした取り組みの一環として今回のセミナーでもご紹介した共通認証ID「Machi Pass」とスマートホームプラットフォーム「HOMETACT」という2つのサービスがあります。

 新規事業開発に向けて2019年ごろから、海外の不動産市場について調査する中で、将来性を感じさせたのが、IoTを活用した住宅設備機器・家電をインターネットでつなぐスマートホームです。当時の日本市場は、スマートフォンで家の鍵の開け閉めができるスマートロックが出始めたタイミングでしたが、アメリカや中国ではすでに、スマートロックも含む家中の住宅設備機器・家電をインターネットでつないでスマホなどでコントロールして暮らしを快適にする段階にあったのです。

 そうした海外の住環境と日本との間に歴然とした差が生まれる中、日本市場特有のスマートホーム導入障壁さえ解消できれば日本でもスマートホームの導入が進み、新たなスタンダードが確立できるのではないか、という仮説のもと開発を進めました。

スマートホームを通じて新築・既築住宅の価値向上を目指す

――HOMETACTはどのようなところから着想を得たサービスなのですか。

 HOMETACTは、給湯器やエアコン、ロボット掃除機などのスマートホーム機器を1つのアプリでまとめて操作、連携することができるサービスです。なぜそのようなサービスを展開しようかと思いついたかというと、いかにデジタルを活用して顧客接点を増やすかといった課題の視点からです。

 当時私は「三菱地所のレジデンスクラブ」という当社のお客さま向け会員サービスの会員サイトや住宅事業グループ各社のCRMを統合するという業務に携わっていました。その統合サイトやアプリの制作途中で、不動産業界のコンテンツだけではユーザーのアクティベートが難しいことが分かってきました。CRMを統合するだけで終わらず、毎日でもログインしてもらえる仕組みがあれば、顧客との接点が増えることに気が付きました。そこで、まずはスマートロックサービスとの連携を思いつきました。

 スマートロックに限らず他の住設機器メーカーなどに一緒に取り組んでほしいとあちこちの企業に相談しましたが、当時はまだスマートロックですら出始めた頃で、どこも協業まで至りませんでした。そこで、スマートホームサービスが先行している海外の市場調査をすることにしたのです。

 当初はアメリカで導入が進んでいるサービスをローカライズすることも検討しましたが、日本の商流に適したサービスを一から作る方が、結果的に日本市場にフィットするのではという結論に至りました。しかし、当社にはサービスを構築できるようなエンジニアがいなかったので、IoTの開発経験が豊富な海外のSIerと協業で開発しました。

 当社としても異例の取り組みでしたが、ちょうどコロナ禍に差し掛かり、何か新しいことに取り組めないか模索していたところで、まずはプロトタイプの開発に取り掛かったのです。

――そもそも三菱地所がHOMETACTを通じて目指すところは何になりますか。

 私たちの最終目標はただ自社の事業拡大を狙うのではなく、世の中にスマートホームを中心とした新たなエコシステムを作っていきたい、というものです。そのためには、HOMETACTを自社だけの閉じられたサービスとするのではなく、さまざまな企業の課題解決につなげていくことが重要だと考えています。

 過去に、ある管理会社から「HOMETACTの導入費用が安くならないか」と、相談されたことがありました。しかし、採算度外視の安価で提供してしまうと、導入する側も物件価値向上への取り組みを怠り、賃料を上げずに済んでしまいます。私たちは、HOMETACTを導入することで、その分きちんと物件価値(賃料など)を上げる取り組みにして欲しいと考えています。

 実際、HOMETACTを導入することで賃料5万円のアパートが6.5万円で貸せるようになるなど、賃料アップを実現できた事例も多く出てきています。良い設備を入れればお客さまは評価してくれます。海外では既築住宅でも物価上昇とともに賃料も上がっていきますが、当然のようにスマートホームなど適切な設備投資をし、物件の付加価値向上に取り組むことが珍しくありません。一方、日本では少額の賃料アップでも物件のオーナーが戦々恐々としているのが現状です。適切な設備投資をせずにいると、物件価値は下がる一方です。

 私たちは、こうした状況を変えたいと考えています。HOMETACTは新築住宅のみならず、6000万世帯ともいわれる既築住宅もターゲットとしています。HOMETACT導入による不動産のバリューアップを通じて、日本の不動産市場全体を盛り上げていきたいと思います。