東京駅周辺や横浜みなとみらい地区、仙台市の泉パークタウンなど、長期のプロジェクト開発を進める大手不動産会社の三菱地所は、2021年に「三菱地所デジタルビジョン」を発表した。その狙いは、不動産会社ならではの強みを生かしたDXの実現である。
盤石のビジネス基盤に突然訪れた危機
オフィスビル、商業施設の開発と運営、分譲住宅販売など、不動産関連のさまざまな事業を展開している三菱地所。特に大手町、丸の内、有楽町の通称「大丸有」エリア、横浜みなとみらいなどでオフィスや複合施設の開発、エリアマネジメントに力を入れている。
だが、2020年からのコロナ禍で、オフィス街の風景は一変した。最初の緊急事態宣言時は閑散とした状態となり、その後の人出は感染の波によって、多少の回復と減少を繰り返している。
「大丸有エリアには、コロナ前には28万人の就業人口がありました。これまで当社の同エリアでの取り組みは、その人口を前提に考えていたのですが、コロナ禍のテレワークや店舗の休業、時短で来訪者は激減しました。さらに深刻な問題は、今後コロナ禍が収束しても、もう以前と同じ状態には戻らないということです」。そう語るのは、同社DX推進部 データ&UXデザインユニット ユニットリーダーの篠原靖直氏である。
長期化したコロナ禍によってオフィスワーカーは、テレワーク可能な仕事、むしろテレワークのほうが効率よくできる仕事があることを知ってしまった。もはや、必要がなければ出社しないという人もいるほどだ。当然、従前のように週5日、オフィスに出勤する状態には戻らない。「そのため、当社には何らかのビジネストランスフォーメーションをしなければ、収益を維持できないという課題意識があります」(篠原氏)
実は既にコロナ前から、同社のビジネスには、社会のデジタル化による影響が出ていたという。
例えば、商業施設では「売り上げ歩合家賃」という制度がある。テナントのリスクに配慮して売上額に応じて家賃が変動するモデルである。「ところが最近では、消費者が店舗では商品を見るだけで、店舗を出てからネットでその商品を買うことも珍しくありません。この場合、店舗は販売に貢献していても、売り上げが発生しません。既に、私たちのビジネスモデルが、お客さまの行動にマッチしなくなっていたのです」(篠原氏)。そうした変化が、コロナ禍によって一気に加速したともいえる。
変化に直面する中、同社は2021年6月に「三菱地所デジタルビジョン」を発表した。このビジョンでは「オン・オフラインを自由に行き来する体験の提供」「事業横断的なデータ、承認済み個人情報の分析と活用」、そして「他の事業者とオープンにつながるエコシステム」を掲げ、デジタルを活用したまちづくりの新しい形を提示している。
DX推進部の中で、このビジョンの策定を担当した篠原氏のチームは、データ活用によって同社の既存ビジネスを変革する役割も担っている。
「デジタルだからといって、オンラインのチャネルだけを伸ばそうとは考えていません。実際、私たちの生活やビジネスは、オンラインとオフラインの間を行ったり来たりしています。不動産デベロッパーとしての強みであるオフラインの資産や、街そのものの価値を生かすには、どうすれば良いかを考えています」(篠原氏)
顧客にとって意味のないデータ統合はしない
リアルとデジタルのシームレスな連携を目指すデジタルビジョンの中核は、同社が全国に保有するリアルアセットから生み出されるデータである。その量は、不動産業界で屈指の規模といえる。だが、同社が重視しているのは、データの量やカバー範囲ではなく、エリアごとのデータの質だ。