信玄の家臣団と軋轢があったのか

 さて、武田の家督を継いだ勝頼ですが、甲府の信玄の家臣団と軋轢があったのではと言われています。勝頼の甲府入りに際しては、彼自身の家臣も引き連れていたため、何らかの軋轢が起きたとしても、おかしくはありません。

 また、急に乗り込んできた勝頼とその家臣団を快く思わない者もいたでしょう。そうしたことは、勝頼自身もよく理解していたと思われます。円滑に政権運営を進めていくにはどうすれば良いか?その1つの方法が、勝頼が起請文(誓約書)を書いて、家臣に下付するということでした。

 信玄死去から間もない4月23日、勝頼は重臣の内藤昌秀に血判起請文を与えています。そこには何が書かれているのか?「悪人がいて、貴方の身の上について虚偽を言う場合は、懸命の調査を行おう。また、その者が貴方に恨みがあり、理由もなく、主張しているのならば、それが貴方の家臣であるならば、これまで通り、貴方のもとに付け、処分は任せよう。家臣以外の者ならば、勝頼が処罰する」「昌秀は、勝頼に奉公するということなので、丁寧に扱おう。粗略に扱うことはない。勝頼のためを思い意見するのであれば、意見をよく聞こう」「以前から勝頼に粗略に扱われていた者であっても、今後、勝頼と親密にするということであれば、無視はしない」という内容のことが書かれていたのです。起請文からは、勝頼と疎遠もしくは不仲な家臣がいたことが分かります。

 この起請文作成は、そうした人々をも、上手く、自分(勝頼)の方に取り込もうとする意図があったと思われます。また、家臣同士にも軋轢が生じる可能性があったことも、起請文からは窺えます。勝頼の権力基盤は脆いものであり、一歩、間違えば、崩壊してしまうこともあり得たのです。それを防ぐため、勝頼は「丁寧に扱おう」というような穏和な起請文を家臣に与えるしかなかったのでしょう。

 経営コンサルタント「小宮一慶が教える、新人社長が覚えておきたい「経営者の心得」5つのポイント」(弥報オンライン  2019.12.17)には「松下幸之助さんは、人が成功するために一つだけ資質が必要だとすると、それは素直さだと述べたとされます。素直とは人の話を聞くことができる姿勢です。また、素直さは謙虚さにもつながります」との一文があります(新人社長に知っておいてほしい「経営者の心得」として5つ目のポイントは素直になろうということです)。

小宮一慶 写真/共同通信社

「新人社長」勝頼も家臣の意見に「しっかり耳を傾ける。その意見を採用せずとも、処罰しない」と述べていますので、前述のポイントに合致していると言えるでしょう。

(主要参考文献一覧)
・柴辻俊六『信玄の戦略』(中公新書、2006)
・笹本正治『武田信玄』(中公新書、2014)
・平山優『武田三代』(PHP新書、2021)