全日本空輸(以下・ANA)では、2007年に採用から一貫して人財育成にかかわる「ANA人財大学」を設立し、独自のプログラムで人財を育成してきた。2020年から人財大学の担当部長に就任した石山由美香氏が直面した、コロナ下の研修の課題とは何だったのか。そしてその克服によって、社員研修はどう進化したのか。
2020年春、「学びを止めない」思いで一丸
――石山さんが人財大学に異動した2020年4月は、ちょうど新型コロナウイルス感染症の非常事態宣言が初めて出されたときでした。就任早々の混乱時、どう対応していったのでしょうか。
石山由美香氏(以下敬称略) 異動早々、入社式が中止となり、新入社員教育も対面では行わないことが決まりました。この年の2月ごろから、コロナの影響が大きくなることを想定してオンラインの研修プログラムを準備していたのですが、新入社員にとって会社とのリアルの接点が皆無になり、学びを得る場が大きく限定されたことに危機感を抱きました。特に新入社員の研修と個人個人のケアに力を注ぎ、オンラインで極力サポートできるように務めました。
新人以外の教育研修も、コロナ前は対面が基本でした。感染対策でオンラインへの移行を進めると同時に、コスト削減も必要になる中で、それまで外部に委託していた研修を全てキャンセルする手配を進めました。
このとき、人財大学のメンバーと意識をそろえたのは「学びを止めない」ということです。手元にあった教材を、なんとかオンラインに対応できないか、皆で知恵を絞り必死で取り組みました。正直、目まぐるしすぎて記憶に残っていないぐらいですが、とにかくできることは何でもすると取り組んでいました。
私自身、人財大学のメンバーと対面で会ったのは、異動した初日の4月1日だけでしたが、オンライン上でチーム一丸となって教材の開発を進め、最初に客室乗務員の新入社員教育のプログラムをオンライン化して実施しました。
2020年度の客室乗務員の新入社員は約650名でしたが、その研修を最優先し、他の研修は、下期に向けて準備を進めるという方針で取り組みました。研修にはzoomを主に使っていましたので、誰よりも詳しくなったのではないかと思っています(笑)。
――授業をオンライン化すると、講師と自分との関係だけになって、生徒である社員同士の交流や学び合いが欠落する恐れがあります。どう対処したのでしょうか。
石山 コロナ禍でも社員間のコミュニケーションの場を求める声や学び合いたいとうニーズが多くありました。そこで、「That’s 暖場」(雑談場)という機会を設け、漠然とした交流会ではなく、テーマを設定しながら、現在の職場の状況や悩み、改善策などをざっくばらんに話す場を設けました。また、ANA客室乗務員が所属する客室センターでは、社員の持っているスキルや資格を生かして学び合う機会も作られました。
そうした交流の場を発展させ、2023年度から「学びのコミュニティ」という8つのコミュニティを作り、参加者とともに学び合う機会を作りました。運営側の負担など課題もありますが、教えるだけでなく、核になるテーマを中心に、気軽に話ができる場としての役割も果たしていると思います。
――航空業界はコロナの影響を大きく受ける中で、社員の動揺もあっただろうと思います。人事部としてどのように対処したのですか。
石山 まず、当時ANAホールディングスの社長であった片野坂(真哉・現会長)が、自ら社員に対して、頻繁に会社の置かれている状況についてのメッセージを発信していました。社員はそれを聞いて、今どんな環境にあるのかを理解することができました。他の役員も、オンラインで対話の機会を多く設けており、社員と幹部が直接会話する場が設定されました。
話すことで不安が解消し、すべきことも明確になります。人財大学としては、トップからのメッセージや対話だけでなく、横のコミュニケーションができる場を設置して、心の交流が図れるように努めました。
コロナの間、ANAグループ外の企業、団体等に出向して働いた社員は、延べ人数で約2300名に上りました。また、旅客機をワクチンの輸送に使ったり、駐機している飛行機を結婚式場やレストランにする企画を実施したりもしました。こうした経験は、平時には考えられなかったものですが、決して無駄にはならなかったと思います。
逆境をはねのけ、社員たちがこんなことで社会に貢献しているという情報を共有することで、自分もやってみようという気になる。そういう機会が、社員の不安を解消させる力になったと思います。