立教大学経済学部教授・キャリアセンター部長の首藤若菜氏(撮影:宮崎訓幸)

 2024年4月から時間外労働の上限規制が年間960時間に短縮されることを契機にトラック運転手の不足に拍車がかかる「物流2024年問題」。政府が「政策パッケージ」を打ち出すなど対策が進められているが、課題は山積している。政府の「持続可能な物流の実現に向けた検討会」の委員でもあった首藤若菜立教大学教授に、2024年問題を乗り切るための方策を聞いた。

トラック運転手だけが長時間労働を許されてきた

――トラック運転手の労働実態はどうなっているのでしょうか。

首藤 若菜(しゅとう わかな)/立教大学経済学部教授・キャリアセンター部長

立教大学経済学部で労働経済論を担当。専門は労使関係論、女性労働論。労働問題の視点から物流課題の研究に取り組んでいる。近著に『物流危機は終わらない――暮らしを支える労働のゆくえ』(岩波新書,2018年)の他、コロナ下の航空産業の実態を国際比較した『雇用か賃金か 日本の選択』(筑摩書房、2022年)など。

首藤若菜氏(以下敬称略) 近年は社会全体で労働時間の短縮が進みましたが、トラック運転手の労働時間は相変わらず突出しています。その結果、長時間労働と関係が深いといわれる脳・心臓疾患を患って労災認定される件数の3分の1をトラック運転手が占めています。異常な状況といえるでしょう。

――なぜ、トラック運転手だけが時代の流れに取り残されたのですか。

首藤 渋滞や自然災害、大雨などで運送時間を予測しづらいという職業の特性もあり、労務管理がずさんなのです。

 法規制の問題もあります。自動車運転の職業では労働基準法とは別に「改善基準告示」※1という法令が適用され、そこで合法的に長時間働くことが認められてきました。今回改正されましたが、それでも一般の労働者に比べると長時間働くことがいまだに許されています。

 「2024年問題」とは時間外労働の上限規制が年間960時間に短縮されることに端を発していますが、これは運送事業者によっては「960時間までは残業させることができる」と受け取っています。月当たりにすると80時間の残業ということになり、過労死ラインの残業時間です。これは本当に変な話で、そうした特例的な要素がこの業界にはあるのです。

 労働組合からも労働時間の短縮を求める声は弱かったと思います。賃金水準が低いため「もっと働いて稼ぎたい」という声が非常に強く、改善を求める声が現場からなかなか出てこなかったのです。

※1:「改善基準告示」(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)とは厚生労働省が拘束時間や休息時間を定めた告示のこと。昨年12月に改正され、2024年4月から適用になるが、1年の拘束時間は最大3400時間、1日の休息時間は勤務終了後、継続9時間を下回らないなどと定められている。

小売業の意識が変わらないと物流は動かなくなる

――2024年問題を乗り切るために、運送会社と荷主がやるべきことは何でしょうか。

首藤 運送会社は生産性を高めて、より短時間で高い運賃を獲得できるようにする努力は必要だと思います。業界の積載率は平均40%。つまり6割は空気を運んでいるので、積載率を高める必要があります。その方法としては、例えば、複数の事業者が協業して運ぶ「共同配送」があります。また、長距離運送を複数の運転手で分担する「中継輸送」、トラックの大型化も有効でしょう。

 もう一つは荷役・荷待ち時間の削減です。荷物を運ぶ前にはトラックに荷物を積み込み、到着したらそこで降ろす作業が必要ですが、荷役と呼ぶ積み降ろしの作業時間と積み降ろし前の荷待ち時間が非常に長い。2~3時間、下手をすると半日待たされた後に「まだできないから明日来て」と言われることさえあります。こうした待ち時間を減らすには荷主の協力が絶対に必要です。

 手で荷物を積む手荷役も小売業や農産品の配送ではまだ残っています。何キログラムもある段ボールを一つずつ積むのは身体的な負担が大きいですし、時間もかかります。できるだけパレットを使ってフォークリフトで積んだ方が効率は上がります。

 あとはリードタイムの延長です。積んだ荷物を翌日届けるため、運転手は仮眠も休憩も取らずに走ることもあります。しかし、今後は水産品や農産品など極めて鮮度が重要な商品以外はリードタイムを1日ぐらい延長しないと成り立たなくなるかもしれません。

――これらの方策のうち、今すぐ取り組むべき優先事項は何になりますか。

首藤 すぐにできるのは、荷待ちの削減やリードタイムの延長です。荷主と事業者が話し合いをして納品回数を減らすなどの手を打つしかありません。それができないなら、運送会社は荷物を断るか、法律を破ってでも運ぶしかない、ということになります。パレットの利用や中継輸送は設備投資が必要なので、それなりの時間がかかります。いずれにせよ荷物を運ぶためには荷主と一緒に取り組むしかないのです。

 大手小売業が運送費の値上げに伴う商品価格の値上げやリードタイムの延長を認めないので、話が止まってしまうという話をさまざまなところで聞きます。小売りが一番強いから、物流コストの転嫁がなかなかできない。リードタイムについても、今は保冷技術も発達しているので、1日伸びても仕方がないと考えてもらうしかないと思います。小売業の意識が変わらないと物流は動かなくなるでしょう。

 消費者も無縁ではありません。宅配便を利用する際に再配達を何度もお願いしていると宅配会社にとって余計なコストが発生していることを、知っておくべきです。適正な物流費を社会全体で負担しないとこれまでの日常が持続できなくなるということを、一般社会も消費者も意識してもらいたいと思います。