J.フロント リテイリング 執行役常務 グループデジタル統括部長の林直孝氏。(撮影:今祥雄)

 大丸、松坂屋、パルコを運営するJ.フロント リテイリング(以下JFR)の2021~2023年度中期経営計画の重点施策の一つが「リアル×デジタル戦略」。コロナ禍で商業施設の休業を余儀なくされる中、買物体験にはデジタルテクノロジーの活用とともに「人」や「リアル」の存在が重要と改めて気付いたことが、この施策を一層推進するきっかけとなった。この戦略の目指すものは何か。JFRのグループデジタル統括部長 林直孝氏に聞くと、未来の購買体験にまで話は広がった。

「DAPCサイクル」を通して顧客理解を進めていく

──中期経営計画で重点施策の一つとして「リアル×デジタル戦略」を掲げていますが、具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。

林 直孝(はやし なおたか)/J.フロント リテイリング 執行役常務 グループデジタル統括部長、日本ショッピングセンター協会 理事・デジタルトランスフォーメーション委員会 委員長

パルコ入社後、店舗、本部勤務などを経て2000年よりグループ企業のパルコデジタルマーケティングに。2013年には新設されたWEBコミュニケーション部でパルコのデジタルマーケティングおよびオムニチャネル化を推進。2017年グループICT戦略室にて「デジタルSC(ショッピングセンター)プラットフォーム」戦略の推進を担当。2022年よりJFRに異動、現職。

林直孝氏(以下敬称略) 大きく3つの取り組みがあります。1つ目が「カスタマーデータドリブン経営の実践」、2つ目が「デジタルテクノロジーを活用した新たなビジネスモデルの構築」、3つ目がこれらを支える「デジタル人財の育成」です。

「カスタマーデータドリブン経営」とは、端的に言えば、グループ統合データ基盤である「JCDP」を活用して事業価値を創出することです。百貨店とパルコが個別に管理していた顧客データを統合させ、リアル店舗やECでの購買データを元に顧客の理解を進め、満足できるサービスを考えていきます。

 これは私がパルコのデータ活用をする中で見えてきた仮説ですが、例えば、パルコのA店でだけ購入されるお客さまよりも、パルコのB店やECなど複数店舗でも買い回りされているお客さまの方が翌年度もA店を利用する「維持率」が高いとされています。この傾向は、大阪の心斎橋に隣接してあるパルコと大丸、東京の大丸と上野の松坂屋など、いろいろなパターンで当てはまると思っています。こうしたことをデータの中から見つけていきたいと考えています。

──得られたデータから、どのように顧客一人一人の理解を深めていくのでしょうか。

 「DAPCサイクル」と呼ばれる手法を採用しています。DはDataで、「データ活用環境・インフラ構築」をデータエンジニアが行います。AはAnalyticsで、データアナリストが「〇〇のお客さまは、こういう行動を取る傾向」「〇〇行動を取るお客さまは似たようなものを購入される」などデータをもとに分析します。

 この分析の仮説に基づいて、デジタル(データ)デザイナーはコミュニケーションプランニング(Planning)を行います。例えば、押売りにならない程度にアプリで商品紹介を行ったり、店頭のデジタルサイネージで商品訴求したりするなど、顧客が欲しい商品やサービスと出会えるように計画を立てるのです。

 そして、最後にCのCommunicationの実行を行うのがデジタルコミュニケーター、つまり本部や店舗のスタッフ・販売員で、実際の提案や接客を行います。彼ら、彼女らの実績が、またデータになっていくという仕組みです。このサイクルを循環させることで、顧客体験が向上していくとともに、顧客理解も進んでいきます。

──複数の店舗で買い回りする顧客は特定のお店での購買維持率も高いという話は興味深いですね。データから見えてきた顧客の行動には他にどのようなものがありますか。

 お客さまは目的に応じてお店を使い分けますが、非日常のファッションやラグジュアリーブランドを購入される方は食品売場を日常的に利用されているとのデータもあります。百貨店やショッピングセンターはいろいろな店舗で買物できることが魅力なので、われわれは個々のショップや商品、サービスとの素敵な出会いをいかに増やせるかを考えています。それにより、買い物をするお店の新しい組み合わせが生まれればよいと思っています。

 その際に重要なのは、お客さまの「購入単価×購入回数×継続期間」で表す「LTV(Life Time Value)」です。JFRの商業施設やショップで何度も買物体験を楽しんでいただく、できるだけ長くお店との関わりを持っていただくことが、上質な顧客体験や満足につながると考えています。

 また、店頭での買物のワクワク体験をオンラインで再現する試みも行っています。例えば、百貨店のデパ地下で、その日に並んでいるおかずを見て献立を変えることがありますよね。そこで、冷凍グルメ宅配のサブスクリプションサービス「ラクリッチ」は、届く商品の半分はあえて「お楽しみ」にしています。店頭での偶然の出会い体験を、ECでも設計しています。

 コロナ禍を経験して、セレンディピティ(偶然の産物)に該当する非計画購買や買物のわくわく体験が買物体験の重要な要素なのだと改めて実感しました。お客さまは販売員からの接客や、新しい自分との出会いで気分が上がります。こうした魅力ある買物体験を、店舗やオンライン上で提供することが必要です。

──そうした発想ができるデジタル人財はどうすれば育てられるのでしょうか。

 JFRのデジタル人財育成では、スキルだけでなくマインドとナレッジも育てるのが特徴です。当社では、データアナリストとデジタルデザイナー、2つのタイプをデジタルコア人財と位置付けています。各社から人財を集めて、それぞれのタイプに合わせた研修を3カ月受講してもらっています。

 面白いのは、受講者から「お互いのやっている仕事が見えて理解が深まった」との声を聞くことです。他の人の仕事内容に触れることが良い刺激になるようで、自分の所属する会社以外の人たちと関わることで、グループとして共通の意識が醸成されることこそが強みになっています。