前回は「デジタルツインの解説編」として、「デジタルツインはどのようなことを可能にするのか?」を、清水建設、山本金属製作所の取り組みを通じて紹介した。

 この世のありとあらゆることをシミュレーション可能にするデジタルツインの世界。前回は「どんなシミュレーションをしてみたいか、自由に発想を飛ばしていただきたい」と提案もさせていただいた。

 今回は「デジタルツインのアクション編」。「どのようにデジタルツイン構築を進めていけばよいか」をお伝えしていこう。

「データをとる」、その前に

「デジタルツインって、まず何から始めたらいいんですか?」

 よく聞かれる質問である。こうした場合、私は逆にこう、質問をする。

「デジタルツインで、何がしたいですか?」

 大抵、答えが返ってこない。しかし、「何をするか?」が明確になっていないまま着手したところで、コストも時間もかさむばかりだ。

 下の図をご覧いただきたい。これは「デジタルツインを構築する際に考えておく必要がある4つのこと」を示したものだ。

 現実世界で行われていることを、デジタルの世界で再現するには、まずは現実世界のデータが必要である。

 というと、すぐに「では、何のデータをとったらいいのか?」あるいは「どのようにしてとったらいいのか?」という「What」や「How」にばかり、議論が集中してしまうケースが非常に多い。いつの間にか、データを収集することが目的になってしまうからだ。

 では、「どのようなフローでデジタルツインを進めていくべきか」、次の図はその思考法をまとめたものだ。

 先述したように、多くの現場は、「どんなデータを収集するのか」(上の図の①)に意識が向きがちだが、「加工したデータからどのような新しい価値やサービスやESGを生み出すのか」(上の図の④)という視点からぜひ、「デジタルツイン」の全体像を描いていただきたい。つまり、「なぜ、デジタルツイン化を進めるのか?」という「WHY」の思考である。

 とはいえ、「言うは易し行うは難し」。どのようにすれば、そのような発想ができるか? 事例と共にひもといていこう。

ゑびやが歩んだ「軌跡と奇跡」

 「うちは、人材もいないし、資金もないから、DXなんて無理なんですよ」

 よく聞く言葉である。DXは優秀なIT人材が大勢いて、豊富な資金やシステムがある企業だけが成し得るものだと思ってはいないだろうか?

 ここで紹介する「伊勢ゑびや大食堂(以下、ゑびや)」は、ご存じの方も多いと思うが、創業100年を超える老舗の食堂である。非常に学びが多いので、製造業の皆さまにもぜひ紹介したいと思う。

 伊勢神宮のおかげ横丁に店を構える『ゑびや』は、DXによって、10年間でグループ全体(ゑびやとEBILABの合計)の売り上げを8.5倍に、利益を80倍へと成長させた、まさに奇跡の企業である。

 最初から順調だったわけではない。

 現代表の小田島春樹氏が、ゑびやに入社した2012年当時、そこは昭和にタイムスリップしたような光景が広がっていた。店先のウインドーには、日に焼け、ほこりをかぶった食品サンプルが並び、お客が注文すると、手でちぎった紙の食券を渡される。レジさえなく、会計は番台のおばちゃんがそろばんで行っていた。

 大正、昭和の時代に、多くの参拝客をもてなし、繁盛してきた大衆食堂は、平成の時代も、昔ながらの営業を続けていた。やはり、経営状態はとても厳しかった。

 飲食店で利益を出すには、売り上げを上げる以上に、いかにロスを減らすかがポイントとなる。中でも「廃棄ロス」を減らすのはなかなか難しいといわれている。それは、多くのオーナーや店長は「品切れ」でお客を失望させることを極端に恐れるからだ。

 「人件費」も同様で、お客に迷惑をかけないよう、つい人員を厚く配してしまう。「お客さまのために」という思いが強い店ほど、実はロスも大きく、結果として利益を圧迫してしまう。