シリーズ「なぜ、CXが進まない?ものづくりDXを阻む企業に巣くう根深い問題」
第1回 DXを目指す企業が直面する「8つの問い」とは何か?
第2回 製造業のDXはここから始める、「可視化」のための具体的アクション
第3回 製造業のDXの成否はここで分かれる、「全体最適」を正解に導く3ステップ
第4回 製造業のデータは宝の山だ、「新価値創造のドア」を開けよう
■第5回 清水建設・山本金属製作所から学ぶ、「デジタルツイン」で会社はどう変わる?(本稿)

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 今回から2回にわたり、「デジタルツイン」について述べていく。

 シリーズ第5回の今回は理解編として、「デジタルツインとは何か」を理解してもらう。次回はアクション編として、「デジタルツインを構築する上で何から始めたらよいか」、具体的な事例を交えながら、お伝えしていこうと思う。

 もはや、「DX」を目指す上では欠かせない考え方、あるいは状態が「デジタルツイン」だ。読者の皆さまの多くは、既にご理解いただいていると思うが、改めて「デジタルツインとは何か?」について、深掘りしていこう。

予測不可能な世界を可能な限り、予測する

 突拍子もない話をお許しいただきたい。

 もしも5年前に「新型コロナ」の発生を予測できていたとしたら、この社会は、そしてあなた自身はどのような行動をとっただろう?

 企業は、業務を素早くリモートやオンラインに切り替え、IoTやAIによる自動化を一気に進めただろう。あなた自身も、そうしたパンデミックにおいても経済が滞らない社会を、築き上げたのではないだろうか?

 今さらそんな話をしても、もちろん仕方がない。しかし、一つだけ確かなのは、

「未来に起こることが予測できたなら、必ず、それに向けて準備ができる」ということだ。

 そして、ここからが重要なのだが、

「未来を予測できる企業と、できない企業の差は、ますます広がっていく」ことを知っていただきたいのだ。

 この「未来を予測する技術」こそが、今回お伝えする「デジタルツイン」という発想の源であることを、まずご理解いただきたい。

 「デジタルツイン」とは、現実世界で起こっていることを、デジタルの世界にまるで双子のように再現し、「時間を進めた先に、あるいはさまざまな環境が変化した先に、どんな事態が起こり得るのか?」のシミュレーションを可能にする状態、あるいは技術のことである。

 最も身近で分かりやすい「デジタルツイン」の例が、「天気予報」だ。

 よく目にする「天気図」は、まさに実際の空や雲の動きを、さまざまなデータを元に、地図上に再現したものである。

 近年、天気予報の精度の高さは、目を見張るものがある。かつては、「天気予報は当てにならない」と言われたものだが、今や数分後に降り出す雨まで予測してくれる。

 それだけ、膨大な過去データと、衛生からのリアルタイムのデータを、瞬時に解析することが可能になったということだろう。

 このように、デジタルツインは、既にわれわれの日常生活の中にも存在し、日々進化を遂げながら、より良い未来づくりを担っていることを、まずは押さえていただきたい。

「デジタルツイン」は、既に身近なところに数多く存在している。データが蓄積されればされるほど、未来の予測精度が上がる

清水建設の「Growing Factory(グローイングファクトリー)」が示す建設業の未来

 清水建設は、皆さんご承知の通り、日本を代表するゼネコンであり、公共事業から大規模な工場の建設も多く手掛けている。その現場は、もはやデジタルツインなしで進めることはできないという。

 例えば、「製造業の工場」の建設を受注した場合、工場の建物だけを建てるのではなく、工場内に設置する設備や機器も全て配置させ、最適化した状態で稼働させるところまで行う。工場が完成し、引き渡した直後から、すぐに稼働、生産、製造できる状態であることが、同社の最大の強みだ。

 そこで同社が提案しているのが、初期設計段階から運用段階に至るまで、デジタルツインを継続的に活用しながら、施設価値の最適化を図るエンジニアリングサービス「Growing Factory(グローイングファクトリー)」である。

 つまり、着工前に、デジタル上で工場を建て、さまざまな事前シミュレーションを行いながら、短時間で最適な施設計画を導き出させるというのだ。

 驚くべきはその先だ。工場が実際に稼働してからもデジタルツインを継続的に活用し、実稼働データと設計データの比較検証を通じて運用改善を図ることで、「時代の変化に適応し、10年後も成長し続ける工場」の具現化をサポートしていくという。

 まさに、「Growing Factory(グローイングファクトリー)」、成長を続ける工場である。

 建設業は、もはや建物を造って終わり、ではない。デジタルツインを構築し、デジタル上の、もう一つの工場でさまざまな開発に共にチャレンジする「エンジニアリングパートナー」にもなり得る、ということだ。

 建設業のその先の未来を、同社は見せてくれている。これもデジタルツインの功績である。

製造業の課題を解決に導く、山本金属製作所の「Learning Factory(学ぶ工場)」

 では、製造業において、「デジタルツイン」は、どのような新しい未来をもたらしているのだろうか?

 山本金属製作所の取り組みを紹介したい。ご存じの方も多いと思うが、2022年度「DXセレクション(経済通産省選定の中堅・中小企業等のDX優良事例)」において、見事グランプリを受賞し、その革新的な取り組みに、業界内外から注目を集めている企業である。

 同社は、金属加工業として1965年に創業し、現在は加工のみならず、自社製品の開発にも力を入れている。

 特に、センシングデバイスを搭載した切削工具「MULTI INTELLIGENCE」は、これまで不可能と思われてきた切削工具のIoTを実現した画期的な製品である。

 切削時の温度・振動・力をリアルタイムでモニタリングでき、機械設備の最適化のための解析ができる。これにより、異常時の数値をいち早く検知し、故障による稼働停止の予防や、部品の取り換え時期の予測が可能になったのだ。

 同社は、そうした設備機器の膨大な稼働データから導き出された「最適な稼働状態」をリアルタイムに可視化し、それを実際(アナログ世界)の機器に対して作業指示としてフィードバックしている。これこそが「デジタルツイン」である。

 この仮想の製造現場であらゆる工程の自動化シミュレーションを行う、ロボットによる「無人工場」が、いよいよ現実のものになりつつある。これが、同社の研究の賜物、「Learning Factory(学ぶ工場)」であり、今、この瞬間も、ロボットは稼働しながら、最新のデータを取得し、デジタルツイン上で分析、シミュレーションし、現実世界へとフィードバックされている。

 補足であるが、「無人工場」と聞くと、「人の仕事が奪われる」「人件費を削減したいための施策ではないのか?」といった声が、少なからず上がる。

 確かに、全ての工程がロボットで自動化され、さらにはメンテナンスや部品交換までもロボット自身が行うなら、人間など必要なくなる、と感じる人もいるだろう。

 しかし、山本金属製作所の社長、山本憲吾氏が目指すところは、全く真逆の世界だ。

 ご承知の通り、製造業における人材不足は深刻であり、また、熟練工の高齢化は日本のものづくり産業の存続危機である。世界に誇る日本の技術が、途絶えてしまうかもしれない岐路に、われわれは立っていることを忘れてはならないのだ。

 まずは、そうした熟練工の技術を、「デジタルツイン」の仕組みによって「見える化」し、次世代に継承しながら、人材を育てる。

 ロボットが担う部分は、ロボットに任せ、人にしかできないイノベーションや開発にもっと力を注げるような環境をつくる。その環境が、必ずや未来のものづくり産業を担う次世代の人材を育てると、山本氏は確信している。

 実は同社は、かつて工員だった従業員をアドバイザーや指導員として他社に派遣している。同業他社から「どのようにデータをとったらよいか?」「どのように人材を育てたらよいか?」など、指導を仰ぐ依頼が絶えないからだ。

 たとえ全てが自動化され、工員としての任務を卒業した人材がいたとしても、その存在は業界にとって必要不可欠なのだ。製造業の現場には、まだまだ宝のような人材や技術が眠っている。

 山本金属製作所の掲げるパーパス(企業の存在意義)は、ズバリ「機械加工現場にイノベーションを起こす」だ。

 かつては、3K(キツイ・汚い・危険)といわれたものづくりの現場。しかし、そのままでは、日本の製造業は衰退する一方だ。もっとスマートに、もっとイノベーティブに、もっとワクワクした現場に! それが山本氏の目指す製造業の未来だ。

 そうしたビジョンから、今日の山本金属製作所が誕生したという経緯を、ぜひ、読者の皆さまにも感じていただきたいと思う。

 

 それでは、今月の「3つのアクション」をお伝えしよう。


1.「デジタルツイン」の事例を集めてみよう。

「デジタルツイン」を構築すると、どんなことができるだろう? 身近な事例や、同業他社、異業種の事例に触れてみよう。「デジタルツイン」によってどのようなことが可能になったか、分析してみよう。

2.「デジタルツイン」でできることをイメージしてみよう。

 自社や自団体に当てはめる前に、広い視野で「デジタルツイン」についてイメージしてみよう。今の社会問題や、世の中の課題に対し、どのような「デジタルツイン」が構築されていたら、未来をよりよくできるだろう? さまざまなシミュレーションが可能な世界があったら、何を試してみたいだろう? まずは、イメージしてみよう

3.1や2について、ブレストしてみよう。

 コロナ禍においてリモートワークが定着したことで、オフィスでたまたま顔を合わせたメンバーと雑談をしたり、気軽にブレストする機会も減ったのではないだろうか。「こんなことできたらいいな」というふっと浮かんだアイデアも、人に話すために勇気が必要な人もいるかもしれない。

 

 多くの開発者は「そんなことは実現不可能だ」と言われ続けるところにこそ、未来を変える種があると信じてきた。「無理」と言われることを恐れず、未来を語る勇気を持とう。

 次回は「デジタルツイン アクション編」と題し、実際に「デジタルツインを構築する上で何から始めたらよいか」、具体的なアクションについて述べていく。