富士通やソフトバンクでSEの経験があり、投資会社で経営をするなどエンジニアと経営の両方の経験を生かしながらDXを進める磯村氏

 讃岐うどん専門店「丸亀製麺」などを運営するトリドールホールディングス(HD)は2018年に買収した香港の「譚仔三哥米線」というヌードル店を2022年に東京でオープンさせるなど国境をまたいだ積極的な事業展開をしているが、DXにも力を入れている(2021年4月1日付で経済産業省が定める「DX認定事業者」の認定を取得)。

 トリドールHDのミッションは「本能が歓ぶ食の感動体験を探求し世界中をワクワクさせ続ける」、ビジョンは「予測不能な進化で未来を拓くグローバルフードカンパニー」。この実現を最短ルートで実現するために、同社はDXで業務改革を進めた。その方策として、SaaSなどのツールを積極的に活用したが、その背景を、CIO兼CTOを務める磯村康典執行役員に聞いた。

デジタル技術を活用してビジネスの効率化

 トリドールHDは「TORIDOLL REPORT 2022」の中のDX推進の項目で「店舗スタッフが食の感動体験の創出に集中できるように、デジタル技術やデータの活用により最適化したビジネスプラットフォームの構築を推進しています」と書いている。デジタル技術を活用してビジネスの効率化を狙うが、その土台作りをしようというものだ。

 そのために「DXビジョン2022」を掲げ、(1)「全てのレガシーシステムを廃止し、クラウドとサブスクリプションを組み合せて業務システムを実現する」、(2)「全てのネットワークには脅威が存在すると捉え、ゼロトラストセキュリティを実現する」、(3)「コールセンター、経理、給与計算などのバックオフィス業務を全て手順化し、BPOセンターへ集約する」の3つの目標を定めている。

 同社ではそれを3つのフェーズに分けている。新型コロナなどの影響により進捗が遅れ、現在はフェーズ2の段階だが、フェーズ3への移行はできるだけ早く移行し、フェーズ3自体も2023年7月には終わらせたい考えだ。

 磯村氏は「DXは2軸あり、新規ビジネスの創出をしていくことと既存ビジネスの深化です。特に新規ビジネスでいえば、ネットで注文を受けてテイクアウトやデリバリーをすることです。実は当社は今まで店内飲食のみで、テイクアウトも、キャッシュレス決済も遅れていました。『店内飲食の現金払い』という、アナログの世界でした」と苦笑いする。

店長のマネジメント業務を減らしたかった

 そもそも、同社がDXをしようとしたのはなぜか?

 磯村氏はこう理由を説明する。

「世界の外食トップブランドになるべく2028年3月期で世界5500店舗超 、売上高3000億円という急角度の成長を目指しています。世界で通用するインフラを作るにはシステムとオペレーション作業で時間を使っている場合ではありません。当社のミッションは『本能が歓ぶ食の感動体験を探求し世界中をワクワクさせ続ける』ですが、その『食の感動』を創出するのは店のスタッフです。スタッフが忙しいようではそれが実現できないので『削れるものは何か?』と考えた時にマネジメント業務を減らそうと思いました。店のエースである店長は、店舗スタッフの勤務シフトを組んだり、食材の発注などのマネジメント業務で忙しいので、DXによりマネジメント業務を減らそうと取り組んでいます。それによって生まれた時間を、お客さまと接する時間に充てたり、調理の質にこだわったり、当社が一番大切にしている「食の感動体験」の創出に注力してほしいとの思いから当社のDXは始まっています」

 磯村氏によると、勤務シフトを組むのが上手、最適な数量で発注できるなどの「マネジメント業務ができる人が偉い」という風潮が飲食業界にあるが、そういった店舗マネジメント業務はシステムに任せ、店長にはホールに出てきてもらい、接客だけでなく、ほかの従業員を育てる部分にも注力してもらいたいとの狙いもある。

戦略を考えるなどワンランク上の業務をしてほしい

 外食産業では新型コロナウイルスの影響によりDXは待ったなしの状況になった。「2020年4月と5月は売り上げが従来の半分まで落ち込んだので『なんとかしなければ』という思いが全社にありました。イートインの営業ができなくなってしまったのでテイクアウトでの営業をできるようにしました。そして、それを加速させるためモバイルオーダーやフードデリバリーサービスへの対応を始めました」(磯村氏)

 推進のために組織にも手を付けた。2020年10月1日付でIT 本部を「BT(ビジネストランスフォーメーション)本部」に改組し、同本部内にDX推進室を新設。さらに、グループ内のバックオフィス業務を、シェアードサービス会社であるトリドールビジネスソリューションズへ集約し、さらにBPO センターへの移行を進めている。

 その主旨は「企業戦略を立てたり、企画を立てたりする業務をしてもらいから」だった。「経理でいえば『帳簿の記帳や仕訳伝票の入力などの定型的な事務作業はBPOにお任せし、財務戦略の立案、連結決算、決算書のレビューなどをやってもらいたい』と話しています。彼らは良かれてと思ってやっているのですが、そのような定型業務をやってほしいわけではないのです。もうワンランク上の経営に近い業務へ取り組んでほしいと伝えています。そういう意識はついてきたと思います」と磯村氏は繰り返す。

「オペレーション業務はBPOへもっていき、システムはSaaSでやるという方針です。世界の外食トップになるには『自分たちで必要なものしか持たない』というのが大事なのです。私たちが持つべきものは、店舗運営に直結する業務ですね」と磯村氏は話す。

 トリドールHDには自社でIT人材を抱え、最適なシステムに発展させていくという概念はない。外部のベンダーにこういう機能が欲しいといいながらシステムを整えていく。「『この機能を入れてくれないなら採用しない。入れてくれたら全店で採用する』とはっきりといいます。自社のソフトを取り扱ってほしいと言ってくれるベンダーとやらないとうまくいかないのです。それにより、こちらの要望を取り入れてもらいつつも全体最適を考えて提供してもらえますから、そうするのがベストです」(磯村氏)