これまでの「成功のための方程式」が通用しなくなっている昨今、企業はどのようなアプローチで新たな価値創造を行っていくべきか。名古屋商科大学ビジネススクールの教授であり、新規事業創出に関するコンサルティングを行うDesign for AllでCEOを務める澤谷由里子氏は、「ヒントはサービスシステムとして捉える『人間中心デザイン』と『起業家的思考の活用』にある」と話す。デジタル技術による新たな価値創造の実践法をひもといていく。

※本コンテンツは、2022年12月1日に開催されたJBpress/JDIR主催「第15回DXフォーラム」の特別講演2「デジタル技術による新たな価値創造」の内容を採録したものです。

人間中心のデザインが新たな顧客体験を生み出す

 昨今、経済の中心は「サービス」へとシフトしつつある。それに伴って情報技術の重要性が増し、イノベーションの源やデザインの対象も変容してきた。イノベーションの在り方は、他の企業と協業していくオープンイノベーションへと変化し、提供する対象物も、ハードウエア製品からサービス製品へと変わりつつある。また、プラットフォーム自体が価値提供の場になる「サービスシステム」の重要性も高まってきている。

 サービスシステムをつくるための重要な要素について、澤谷氏は次のように説明する。

「新しいサービスの概念をつくる過程において、『顧客とインターフェースのタッチポイントをどのようにつくっていくのか』『顧客体験をどのように生み出すのか』という視点が大切です。サービス提供のプロセスではいろいろな人が関わるので組織間の連携を高める必要もあり、そして、必要に応じて自社の技術を使っていく。DXとはまさにこういうことを行っていくことです。デジタルのプラットフォームの上に、提供できるサービスのシステムをつくり、つなげていくことが重要です」

 さらに澤谷氏は「特許をはじめとするR&D(研究開発)に力を入れているだけでは価値創造につながらない」と続ける。日本企業は特許技術に非常に強いといえるが、それだけでは社会にインパクトを与えるようなイノベーションは創出できない。サービスにフロントで面する従業員、あるいはコールセンターのバックオフィスにいる人たちが一丸となり、サービスの価値提供を行っていく必要があるのだという。

「新しい顧客体験をつくり上げていくためには『人間中心のデザイン』が必要です。組織の中にはあらゆる知識が蓄積されています。それらを統合し活用していくことが『ラディカルイノベーション』につながっていくでしょう。DXは、企業の中にある知識や資源を再活用して新しい形に仕上げていくインフラとして機能するものだと思います」

既存事業と新規事業のDXを両輪で進める

 そもそもDXは、技術を導入することを目的とするのではなく、技術を活用して新しい価値を創造することに重点が置かれるべきものだ。澤谷氏は「既存事業のIT化を図るのではなく『デジタル技術ありきで仕事のやり方を見直す』ことがDXのスタートになるのですが、それと並行して『新たな事業を立ち上げて価値創造を目指す』ことも大切です」と説明する。この2つの柱を重視している企業は非常に多いという。

 味の素グループでは、企業の存在意義をアップデートし、それを実行するデジタルインフラをつくるためDXを強力に推進しているという。企業の存在意義を社会と結びつくような形で再定義することによって、社会にインパクトを与えるだけでなく、新たな価値創造の可能性も高まるからだ。しかし、企業の存在意義をアップデートする作業は決して容易ではない。そこで澤谷氏は、ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)のDXの取り組み例を紹介する。

「FFGは『みんなの銀行』という新たなバンキングサービスをクラウド上に立ち上げました。新規事業を立ち上げながら、既存ビジネスのデジタル化にも着手した事例です。新たな価値創造の部分でチャレンジを進めると同時に、既存ビジネスもデジタル化で効率化してどんどんアップデートをしていく。この両方の柱があってこそ、はじめてDXの価値を体感できると思います」

 DXに手応えを感じている企業の多くは「イノベーションの創出」や「新しい価値創造」も同時に実践しているケースが多い。プロセスをどのように変えるのか、そのためにデータはどう活用できるのか、新しい価値創造のために足りないデータは何か。そういった試行錯誤を同時に行うことが大切になる。

「新しい価値創造のプロセスは、自社、顧客、サプライヤー、他の企業などあらゆる組織が関係を持ちながら生み出されるものです。自社だけで完結した考えを持つのではなく、それらを『サービスシステム』として捉えることが、DX活動を発展させるためのポイントになるでしょう」