10年以上前、デンソーの地域情報配信サービス「ライフビジョン」の開発はスタートした。当時、地域×ITの必要性が認知されていく中で、なぜ「自動車部品メーカー」のイメージが強いデンソーがこの領域のサービスに乗り出したのか。その歩みをさかのぼると、この新規事業は有志社員3人の活動から始まったという。(インタビュー・文/有井太郎)

デンソーにとって初のITサービスであり、自動車部品メーカーのイメージを覆すように生まれた「ライフビジョン」。本連載では、この新規事業にまつわるストーリーを追いかける。

<連載ラインアップ>
■第1回 高齢化の町で浸透するタブレット型回覧板 デンソーの「ライフビジョン」とは
■第2回 「デンソーを忘れよう」から生まれた地域サービス ライフビジョン開発の道のり(今回)
■第3回 「イノベーションを想像できない」 そんな声を無くすデンソーの取り組み

心に浮かんだ「本当にこの新規サービスを求めているのか」という疑問

「いったん、デンソーであることを忘れよう。デンソーの技術や資産から新しいサービスを考えるのではなく、ユーザーをしっかり知ってビジネスを考えよう」

 2014年に誕生したデンソーの新サービス「ライフビジョン」。それまで防災無線や回覧板など、アナログで伝えられていた地域の情報を、住民のタブレットやスマホにデジタルで配信するものだ。現在、全国65の自治体が利用するまでに普及している。

 自動車部品メーカーのデンソーにとって、こういったサービスを手掛けるのは初めて。社としても大きなチャレンジだったといえよう。では、その開発はどう始まったのか。話は2010年までにさかのぼる。

 2010年、デンソー社員6人が有志で新規事業の企画を始めた。きっかけは会社活性化の企画を社長に提案する社内教育プログラム。6人が思い描いたのはITサービスの開発。これからの社会を考えたとき、デンソーもITを活用したサービスをやりたいと考えたという。これが後のライフビジョンにつながる。

 有志社員の1人が、自動車&ライフソリューション部 地域ITサービス事業室 室長の杉山幸一氏。当時はエンジン部品関連の部門におり、ITやソフトウェアを得意領域にしていたわけではなかった。それでもITサービスに進出する必要性を感じ、教育後残った3人のメンバーで業務外の“部活動”として新規事業を考え始めたという。

 なお、前回の記事に登場した冨田大輔氏も、3人のうちの1人だ。

 取り急ぎサービスの方向性を考えるところから始まった。最初はデンソーの持つ技術、たとえば自動車用センサーの技術を活用して、「HEMS」と呼ばれる家の消費エネルギーの見える化や管理サービスの簡易版を考えたという。

 これなら社内の理解も得られるし、自社技術を使うので開発は進めやすい。ただ、杉山氏は立ち止まった。本当にこのサービスを人々が求めているのか。そもそも自分自身がこのサービスを使いたいのか。

「そこで、いったんデンソーを忘れようとしました。プロダクトアウトではなく、マーケットインで行おうと」

 このような考えから、2011年の終わりに市場調査を始める。さまざまな家庭を訪れ、日々の暮らしぶりやどんなサービスを欲しがっているかを調査。年齢、家族構成、暮らしの中身や考えていることなど、詳細なペルソナも作成した。

「その中で一つ、ペルソナの人々が求めているものが浮かんできました。それは地域のお知らせや電車の遅延、宅配業者の到着といった情報がプッシュ通知で届く形です。今となっては当たり前にあるサービスですが、当時はほとんどなかったですから」

 ここでライフビジョンの原型となる“情報を提供する”というサービスの軸が生まれた。当時のサービス名は「暮らしIT化手引きシステム」。杉山氏は「ゴテゴテの名前でしたね」と笑う。