欧米に比べてDXの遅れが指摘されてきた保険業界だが、ここ数年、インシュアテック(保険×テクノロジー)を積極的に推進する企業が増えてきた。日本の保険会社はグローバル市場で勝ち抜くことはできるのか。保険会社が直面する課題やインシュアテックによる商品・サービス開発の可能性などについて、東京経済大学経営学部教授・一橋大学名誉教授で、保険論・リスクマネジメント・経営史を専門とする経営学者、米山高生氏に聞いた。(インタビュー・構成/指田昌夫、文/河合起季)

世界の社会課題解決に無関心では グローバル市場で生き残れない

――デジタル技術の進展によって、保険業界では今、どのような課題に直面しているのでしょうか。

米山 高生/東京経済大学教授、一橋大学名誉教授

一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。京都産業大学経営学部専任講師、助教授、教授を経て、一橋大学大学院商学研究科教授。2017年4月より現職。研究は、保険契約をめぐるインセンティブ問題の実証研究、国際的な規制の動向とERM実務的課題に関する研究、保険経営史研究が三つの柱となっている。

米山高生(以下敬称略) グローバル企業を対象に見ると、2つの大きな課題が挙げられます。1つは、インシュアテックとDXを積極的に推進していくための「文理融合型組織」への変革です。保険は従来、学問としては文系の学部で学び、保険数理(保険商品の設計やリスク評価)といった側面はあるものの、総じて文系的な産業でした。しかし、近年はITやAIといった理系の知識の重要性が高まっているため、文理融合型の産業になる必要があります。

 もう少し詳しくいうと、保険は社会とビジネスの両方に深く関わっており、それらの動向やニーズの変化などをしっかりと捉え、社会やお客様の課題を解決するアイデアを生み出していくことが大切です。これはあえていえば、文系の得意分野。対して、そのアイデアを保険の商品やサービスに実装していくのは理系の得意分野です。従って、大事なのは、幅広い視野で課題やニーズを把握し、さまざまな技術やデータ、情報を活用して課題解決に導くことができる文理融合型組織に変革していくことなのです。

 もう1つは、地球的視野に立ち、デジタル技術を活用しながら社会課題を解決していく取り組みです。2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標「SDGs」や、廃棄物を一切出さない資源循環型の社会を目指す「ゼロエミッション」、二酸化炭素排出量を実質ゼロにする「2050年カーボンニュートラル」などに無関心では、グローバルマーケットで生き残れません。

 実際、インシュアテックによって世界の社会課題に対して一定の貢献が可能です。例えば、インシュアテックによって低価格かつ低コストを実現する「マイクロインシュアランス(マイクロ保険)」は、社会保障制度や自然災害への備えなどが未整備な新興国の経済活性化や生活の安定などに役立っています。