DX推進のための組織体制と人材育成、意識の在り方

渋谷 DXを推進するにあたって、組織の体制や人材の活用で意識された点はありますか。

笠原 トップからのコミットメントを示す、大きなビジョンをつくるということです。また、経営配分をしっかりやっていくために組織対応も大事ですね。例えば、肥後銀行では私が頭取に就任した2018年の10月に、デジタルイノベーション委員会をつくり、まず経営レベルで大きな方針を立て、具体的な動きにつながる戦略方針を策定するようにしました。九州フィナンシャルグループや鹿児島銀行も同様に、DXに関連する組織を内部につくっています。

 同時に営業部門でも、例えば2021年4月に肥後銀行にデジタルマーケティング部をつくり、デジタルチャネルでの営業体制の強化を進めています。また子会社では、肥銀コンピューターサービスというIT子会社を、2021年11月に九州デジタルソリューションズと社名変更し、外部のデジタル化を支援する会社としました。2022年4月には九州フィナンシャルグループの子会社として、肥後銀行や鹿児島銀行同様、並列の会社としてスタートしました。将来は九州フィナンシャルグループの重要な柱になると、組織体制上にも位置づけています。

渋谷 まずトップ直轄で大方針を決め、そこからミッションを割り振って具体的に動かしていくということですね。人材面はどうでしょうか。

笠原 人材は非常に時間のかかる話ですが、DX計画の中に人材育成計画を入れて、例えば2023年までに肥後銀行ではDX人材・育成で100人を目指すなどの取り組みを行っています。中途採用にも力を入れており、シニアになって九州に戻られるIT人材を採用するといったこともあります。

渋谷 DXを推進していく中で、克服しなければならない課題はありましたか。

笠原 やはり意識の問題ですね。自分たちのDXと地域のDX。しかも自分たちがDXを推進することで、地域のDXを引っ張っていくのだということを、経営陣全体から現場に至るまで、認識してもらうことが最大の課題です。

 一方で、DXはビジネスモデルまでも変革することだ、という議論がよくあります。しかし、そこまでいくには時間がかかります。投資のJカーブ効果のようなもので、最初はコストばかり出て効果が実感できません。そこでもう一方では、実際の効果がすぐに体験できる小さなデジタル化も実践していく。この2つを同時並行で進めることが課題ですね。

地域のDXを引っ張る上で、心がけている理念や取り組み

渋谷 地域の企業のDXを引っ張るという立場で、大切にしている理念や取り組みはありますか。

笠原 理念として強調しているのは、「DXは産業革命だ」ということです。鉄や蒸気機関など、新しい技術が汎用化されていく過程で、それを使いこなした者が繁栄し、旧来のやり方に拘泥しすぎた者は衰退したという歴史があるわけです。このDXという産業革命の中でも、新しい技術への投資は、あらゆる産業・地域にとって不可欠だということです。

渋谷 変わろうとしても、特に中小企業の場合は、人材の配置転換や学び直しができず、困難も多いと思います。金融機関として、その点への目配りはありますか。

笠原 人が変わるのは難しいという面は当然ありますが、人口減少による人手不足が迫り、待ったなしであるのも事実です。そこは意識改革と、ITのリスキリングなどの教育が必要になってくると思います。九州フィナンシャルグループには、グループ内に教育専門の子会社がありまして、デジタルに関する教育とビジネスマネーを柱として提供しています。こういった面でもお手伝いできると考えています。

グループ収益の4割を銀行以外の部門に。九州フィナンシャルグループの今後の展開

渋谷 2030年までに、グループの収益の4割を銀行以外の部門にシフトすると言われています。これは、DXを成し遂げた地方金融機関の、未来の在り方と捉えてよいのでしょうか。

笠原 私たちの目指す姿は「お客さま、地域、社員と共に、より良い未来を創造する『地域価値共創グループ』です。金融だけでなく、人材、デジタル、SDGs、脱炭素など、あらゆる問題を解決して、地域が持続可能になることのお手伝いをするのが、私たちの存在意義であると考えているのです。ただ、価値をつくり上げるというのは、必然的に売り上げになっていくということですので、それを40%という数値に定量化して成長戦略を描きました。

渋谷 2021年に策定された第3次中期経営計画の中で、120億円をデジタル分野に投資すると言われていますが、これもそうした未来への取り組みの一環という位置づけですね。具体的には、どのような分野や事業に投資されていますか。

笠原 例えば、店頭の業務をタブレットで完結する仕組み、インターネットバンキングの機能改善、また「Hugmeg(ハグメグ)」というスマートフォンアプリをつくっていまして、ここにも投資しています。これはインターネットバンキングや通帳アプリにプラスして、地域やクラウドファンディングの情報も、そのアプリ上に載っているというものです。

渋谷 先日、別のところで、「Hugmegを高度な顧客体験を届けるプラットフォームにしたい」というお話を拝読しました。具体的には、どのようなかたちでバージョンアップしていくのでしょうか。

笠原 地域商社を設立し、地域の商品を、ECを通じて外に紹介していく機能や、熊本も鹿児島も農業県ですので、農産物を海外に輸出していく機能をHugmeg上に載せていきたいと考えています。また、観光情報等の地域情報もHugmeg上で発信していきます。

渋谷 ありがとうございます。最後に、DXを推進する経営者やビジネスパーソンにメッセージをお願いします。

笠原 私のような伝統的な金融機関の者が言うのもお恥ずかしいのですが、やはり「産業革命である」「変革しなければ取り残されてしまう」と認識することが最大のポイントだと思います。変革の進め方としては、ビジネスのやり方も含めて全部変えるという大局の一方で、着手は小さいところ、あまりお金のかからないところから、始めの一歩を踏み出すことが重要です。そして「地方こそチャンス」ということを、今一度お伝えしたいと思います。