ソニーグループの英ホークアイ・イノベーションズが2021年にイタリア・セリエAと共同で設置したVARリプレイセンター(出所:ホークアイ・イノベーションズのウェブサイト)
(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役、法政大学大学院客員教授)
日本に決勝点を呼び込む三苫選手のラストパスは、真横からのテレビ中継映像ではゴールラインをわずかに割ってしまったかのように見えた・・・。
12月2日に行われた、サッカーワールドカップ(W杯)グループリーグの日本対スペイン戦。歓喜の決勝点をアシストしたのは「VAR」(Video Assistant Referee:ビデオ・アシスタント・レフリー)と呼ばれる、英国に本社を置くソニーグループ企業が開発・運営する最先端のスマートテクノロジーだった。
ボールだけではなくプレイヤーの動きも「ミリ単位」の精密さと「1/50秒単位」の細かさで解析できる「可視化テクノロジー」。そのおかげで日本の、いや世界のサッカーの歴史が塗り変わったと言っても過言ではないだろう。
「VAR」とはどんな技術か
VARはルール上の定義では「試合とは別の場所で映像を見ながらフィールドの審判員をサポートする審判員」を指す。
主審は<VARのアドバイスに従う>か、<VARへリクエストを進言する>形で、必要に応じてピッチサイドにあるスクリーンを使い、該当するシーンの映像を見たい視点(角度)で確認できる。VARは属人性を完全に排除した「機械の目」だ。
ワールドカップでは2018年のロシア大会から、ホークアイ・イノベーションズの「光学カメラ/映像解析技術」を導入した。会場に設置された複数のカメラの映像を解析し、シミュレーション(自ら転倒してファウルを受けたように見せかける行為)のような狡猾なプレーを排除することを目的としたという経緯がある。
なぜVARで「ミリ単位」のライン判定が可能になったのか
だが、2018年のロシア大会のように複数カメラの「映像」のみに頼った判定では、最終的な判定の確定は審判(生身の人間)の視覚に頼るしかない。慎重を期すあまり、判定のホイッスルを吹くまでに時間がかかりすぎてしまう、という欠点があった。
今回のカタール・ワールドカップではこの欠点を克服するため、スタジアムに設置された12台の高性能カメラに加えて、ドイツ(注)のIoTソフトのスタートアップ、キネクソン(KINEXON)の「ボールトラッキング技術」を採用したコネクテッドボール(IoTサッカーボール)を導入している。
(注) 11月23日の日本対ドイツ戦でも、ドイツはVARでオフサイドの判定を受け得点機を逃した。ドイツ企業が開発した技術によって、結果的にドイツが予選リーグ敗退に追い込まれたことは何とも皮肉な運命である。
キネクソンがアディダスと共同した公式球には、20個以上のセンサーチップが内蔵されており、それらはワイヤレス充電が可能だという。そして、より高度な判断を可能にするために、以下の3つの技術が活用されている。
「LPS」位置測位システムでボールの正確な位置を測定
「IMU」慣性センサーで3軸の細かな動きを追跡
「UWB」高速通信技術を用いたリアルタイムデータ通信
このうちIMUは、ボールの正確な位置を測定するための信号を1秒間に50回発信しており、IMUとフィールドの外周(観客席最前列前)に設置されたアンテナとの連動によって、0.1ミリ単位でゴールラインにボールがかかっているか否かを計測することができる。
ドイツのIoTスタートアップ、キネクソンとアディダスが開発したコネクテッドボールの断面。ワイヤレス充電が可能だ(出所:アディダスのウェブサイト)
コネクテッドボールによってもたらされた高精度なボール位置のリアルタイム計測機能と、ホークアイ・イノベーションズがもともと保有していた1秒50コマの高速で撮影が可能なハイエンドな光学カメラ技術、さらに関節の位置など1人の選手あたり29カ所の位置を捉えて動きを3次元データ化する映像解析技術を統合させることで、より正確な判断を可能としている。
コネクテッドボールの位置データとホークアイ・イノベーションズの映像解析データは独自開発されたAIソフトウエアで処理され、判定結果が主審に自動送信される仕組みだ。
試合では三苫選手の上げた非常に際どいセンタリングボールを田中(碧)選手がゴールに押し込んでから、2分30秒後・・・。日本の得点を正式に認定するホイッスルがドーハのハリファスタジアムに響きわたった。
ロケットの弾道研究を行っていたホークアイ
VARを開発・運営するホークアイ・イノベーションズは2001年に英国で誕生。2011年よりソニーのグループ企業になった。創業者のポール・ホーキンズ氏はもともとロケットの弾道研究を行っていたという。
ホークアイ・イノベーションズはクリケットの試合にボールトラッキングの技術を開発したことを皮切りに、スポーツの領域に進出。鮮やかな「なりわい革新」を果たした。
同社の技術が脚光を浴びるようになったのは2006年。テニスの世界大会で「チャレンジ」という新ルールが採用されてからだ。
そのルールに対応したのが「イン・アウト判定」(ELC:Electronic Line Calling)である。選手から判定に対する異議申し立てがあると、コートの周辺に設置された複数台のカメラ映像から解析されたボールの軌道やラインとの関係を数秒でCG化して会場内の大型スクリーンに映し出す(1セットに3回まで)。
ボールのイン・アウトの微妙な判定は、試合の展開を左右する重要な局面で出やすい。プロテニス選手の超高速なボールの軌道を最先端のデジタル技術で正確に「可視化する」スマートテクノロジーは、審判による判定の公平性を担保することはもちろん、スポーツビジネスの世界に大きなインパクトをもたらした。
現在、ホークアイの技術は、サッカーのVARやゴール判定(GLT:Goal Line Technology)、テニスのイン・アウト判定以外にも、ラグビーのTMO(Television Match Official:反則の有無やトライの判定)、野球ではMLBのビデオ判定サポートシステムやフィールド内の投手や打者のプレーを精密に確認・評価するプレー分析サービスなど多岐にわたって利用されている。
(参考)「ホークアイ(Hawk-Eye) 可視化のテクノロジーでスポーツの感動を支える」(ソニーグループのウェブサイト)
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/technology/stories/Hawk-Eye/
ソニーグループの「パーパス」を実現
ソニーグループは2019年1月に「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」という「パーパス」(企業の社会的な存在理由、高い志)を制定した。
ソニーといえば、伝統的に家電やゲーム、映画に音楽、最近では保険や金融、半導体などのハード・ソフト事業の集合体を連想するが、経営トップの代替わりに際して、ソニーグループの「なりわい」の本質は「世界を感動で満たす」ことであると新たな決意表明をしたのである。
今年(2022年)1月4日、「CES 2022」のソニーブースで行われた吉田健一郎CEOによる記者発表に、著者は幸いにして立ち会うことができた。この「パーパス」はプレゼンテーションの冒頭に改めて大きく打ち出され、世界に向けてソニーグループの決意を高らかに示すこととなった。
吉田健一郎CEOは控えめなトーンながら、「この2年間、パンデミックが世界を変え、我々は『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』というパーパスの社会的存在意義を再確認しました」「私たちのあらゆる活動を通じて、同じ興味や関心を持つ人同士がさらに深くつながり、それぞれのコミュニティの中でより絆を強めることができるようにしたいと考えています」と語った。
CES 2022のメディアデー(2022年1月4日)にソニーブースで行われた記者会見の冒頭、ソニーグループの「パーパス」についてプレゼンする吉田健一郎CEO(出所:https://www.sony.com/ja/SonyInfo/blog/2022/01/31/)
今回、VARによる、属人性を排除した公平な判定は、サッカーの楽しみ方を革命的に変えた。そして同時に、長引くパンデミックや急激な円安による物価高に苦しむ多くの日本人に大きな感動や明日への希望を与えたことは間違いない。
「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」。言葉だけ見れば高邁な理想に聞こえるかもしれない。だが、ワールドカップ開幕をきっかけに短時間で日本人の連帯感が高まり、VARでワールドカップ決勝トーナメント進出を決めた日本代表に沸き立った日本を見ていると、ソニーグループの「パーパス」の意図することが「ストン」と腹に落ちた気がした。






