国や企業は人を幸せにできるのか。「Well-being(ウェルビーイング)」とは、かつては狭義の「健康」を指していたが、今では幸せな感情を含む広義の健康を示す言葉として認識され、盛んに議論されている。また多くの企業が「従業員の幸せ」の実現に向けて動き始めた。幸せは、人にどのような好影響を及ぼすのか。幸せの因子、幸福度を高める具体的な方法を、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授が幸福学の基礎をふまえながら解説する。

※本コンテンツは、2022年3月4日に開催されたJBpress/JDIR主催「第1回 コミュニケーション改革フォーラム」の基調講演「幸福経営学〜幸せな働き方は生産性・創造性向上につながる〜」の内容を採録したものです。

なぜ「幸せな社員」は創造性や生産性が高く健康長寿になるのか

 率直に言って、幸せだと、どんないいことがあるのか。幸福経営学を専門として「幸せに働くこと」について研究を続けてきた慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 兼 慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長の前野隆司氏は、まずそのエビデンスとなるデータを紹介する。

 アメリカの心理学の研究結果に「幸せな社員は、不幸せな社員よりも創造性が3倍になり、生産性は31%高い」というものがある。時間に換算すれば10時間の労働が7時間になるということだ。小売業では、売り上げが37%上がったという報告もある。さらに幸福度が高い社員は、そうでない社員よりも欠勤率が41%、離職率が59%も低く、業務上の事故が70%少ないという研究結果もある。

 では、なぜ幸せであることがパフォーマンスに影響するのか。それは「視野の広さ」によるものだとする研究結果がある、と前野氏は明かす。

「何か失敗したとき、そのことで頭がいっぱいになってしまうのは、視野の狭い状態です。幸せな人は視野が広く、失敗した自分を遠くから眺めて落ち着くことができます(メタ認知)。なおかつ、そこから自分のするべきことを理解して動けるため、生産性も創造性も高くなると考えられます」

 さらに、幸せだと健康長寿にもなる。先進国に住む人で比較したところ、幸せを感じている人は、そうでない人に比べて7.5~10年寿命が長いという。幸せと健康の相関を示すエビデンスは多く、うつ、大腸がん、ドライアイなど多くの疾病との反比例関係が確認されている。「老年的超越」といわれる90~100歳の高齢者で、幸福度が極めて高い傾向にあるという事実もある。

 ここでいう「幸せ」は、英語では「Well-being(ウェルビーイング)」だが、この語はかつて狭義の健康の訳語として日本では用いられていた。しかし今は、心が幸せを感じることもウェルビーイングに含まれると広く認識され、これをいかに実現するか盛んに議論されている。

 また、これまでは「運のいい人が幸せになる』と思われてきたが、現在は体の健康と同様に、自分である程度コントロールすべきものになってきている、と前野氏は言う。

「例えば、口角を上げて笑顔になるだけで、免疫力も幸福度も高まります。働く幸せも、自分でバランスを取ることが可能です。ただし従来の『ワークライフバランス』という概念は、ワークはつらいものだから短くして、ライフの幸せな時間を増やすというものでした。これからはワーク自体を幸せなものにして、創造性も生産性も高めて健康長寿を楽しむ時代になっていくでしょう」