業務改善はPDCAではなくDCAPで行う

 サービス先端企業として「顧客満足主義の実践」「取引先との相互利益の尊重」「創造的革新の社風創り」を経営理念に掲げ、全てのステークホルダーの期待に添うべくチャレンジを続けるクレディセゾン。2019年にはデジタル専門組織「テクノロジーセンター」を立ち上げ、全社横断でデジタルに取り組んできた。同年取締役CTOに就任し、現在は取締役 兼 専務執行役員CTO 兼 CIOを務めるのが小野和俊氏だ。ベンチャーや外資などの多彩な経験を生かし、柔軟な思想でDXをけん引する小野氏にこれまでの取り組みや成果を聞いた。

――ご経歴を教えてください。

小野 大学卒業後、サン・マイクロシステムズに入社しました。本社がシリコンバレーにあったのですが、シリコンバレーはIT産業が盛んであることからぜひ仕事をしてみたいと志願し、半年弱、本社に勤務しました。その後、エンジェル投資家の方にお声掛けいただき、24歳のときに起業しました。2013年にセゾン情報システムズのHULFT事業のCTOに就任したことが、自分にとっての大きな転換点となりました。私はそれまで、ベンチャーや外資系などのエンジニアリングの世界でやってきましたが、セゾン情報システムズはある程度、歴史のある上場企業で、コンプライアンスなどもしっかりしている会社です。経営も守りや安全重視でしたが、そこにこれまでのスピードや技術力重視の経営を加え、バイモーダルで行うことができた。それが評価されて2019年からクレディセゾンに移り、今はCTOとCIOを務めています。

――クレディセゾンがDXに取り組んだきっかけを教えてください。

小野 以前は、ITというのは社内業務の効率化や省力化、経費節減といったことが目的で、コストが下がった、自動化できた、ミスがなくなったなど効果が限定的でした。ところが今は、事業の性質や事業競争力などに密接にひも付くようなところにITが入ってきています。例えば、Uber Eatsで注文すると、配達員の動きを見ることができますよね。その機能が必要かと言われたら、絶対に必要ではないけれど、配達員が道を間違えて“あー、曲がるのはそこじゃないよ”とハラハラしたりという、スマホのリアルタイム性の良さがある。

 つまり、ITの使い方次第で、事業やサービスの成立や体験というものが抜本的に変わってくる時代になってきたわけです。そうなったときに、デジタルやITを当たり前の道具として使いこなし、デジタル、ITを前提として事業を再設計できるかどうかが、企業が勝ち残れるかの大きな分かれ道になる。そういう認識から、DXの必要性を感じたのがきっかけです。

 私は2019年にクレディセゾンに入社し、デジタル専門組織「テクノロジーセンター」を立ち上げました。

――2019年に入社される際、クレディセゾンからの使命はあったのでしょうか。

小野 それがあまりなかったのが、恐らく良かったのでしょうね。というのも、計画し過ぎないことがDXの勘所だと思うのです。日本のベンチャーキャピタリストである伊藤穰一さんの言葉をお借りすると、「地図よりもコンパスを」ということですね。地図全体を描ききってから最適解を導き出すのではなく、方位磁石を手に、「100メートル先に崖があるからルートを変えよう」「金脈が見えたから、もっと人を動員しよう」と、状況を見ながら進んでいく。そういったことも含めて任せてもらえたので、改革を進めやすかったところはあります。

――DXのステップを設定し、段階を踏んで進めていくというやり方ではなかった。

小野 そうですね。戦略として、あえてマイルストーンを決めませんでした。昔から、業務改善の概念としてPDCAサイクルというものがありますが、今の時代はDCAPだと思うのです。まずDo(実行)してみてCheck(評価)する。そこからAction(改善)してPlan(計画)を立てる。“綿密に計画を立てたけど、実行してみたら駄目だったからやめる”となったら、計画が全て無駄になるじゃないですか。軽くやってみて、もっとリソースを割くべきか、きちんと計画を立てるべきかということも含めてチェックして、GOが出たら改善案を考える。このDCAがある程度こなれてきたところで、本格的に計画を立てる(P)という行動様式が大事なのですね。

 PDCAの原則でいけば、私が2019年に当社に来た際、最初にプランを立てるべきですよね。ですが、私が「CSDX VISION」という戦略プランを打ち出したのは、2021年9月です。これにはきちんとした理由がありまして。入社時点では、私はクレディセゾンの事業やお客さまの反応などを知らないわけです。そんな状態で計画を立てたところで最適解ではない可能性が高いので、まずDoしてみる。これが私のポリシーなのですね。

――最初のDoは、何をされたのですか。

小野 まず人がいなければ始まらないので、人材の採用をしました。よくAmazonなどが「ツー・ピザ・チーム」という表現を使いますが、1チームに最適な人数は、2枚のピザを囲めるくらいの8人程度です。そこで、私のブログで人材募集の告知をして、夏までにテクノロジーセンターのメンバーを8人にしました。

 メンバーがそろっても、ずっと検討・調査を繰り返しているだけでは意味がありません。やはり、成果が出て初めて意味があるので、半年間でファーストプロダクトを出すことを決めまして。いろいろな事業部の人たちと話し合いながら、私が入社した3月1日からちょうど半年後の9月1日に、「セゾンのお月玉」をリリースしました。

 DXにはお客さま体験に寄与するものと従業員の体験に寄与するものがありますが、ファーストプロダクトは前者の方がいいと思うのです。社内のものが内製化されたとしても、外部からは分かりません。ならば、“セゾンが新しいことを始めました”と、分かりやすく外に発信できるような成果物を作った方がよい。それで、当社のクレジットカードのご利用者1万人に現金が当たるという「セゾンのお月玉」を最初に作ったわけです。

 それから、デジタル化をスムーズに進めるための文化的な発信も行いました。それまで当社には、ソフトウエアのソースコードを書くことが仕事として存在しなかったので、開発用のマシンを買うというプロセスがなかった。そのため、内製開発の必要性を社員に納得してもらわなければいけない。さらに、マシンに入れるソフトウエアもいろいろと試す必要がありますが、ライブラリーごとに紙の申請書を書かなければいけない。そういったデジタル化の足かせになるようなものを、1つずつクリアしていきました。