PMOをうまく推進するために必要なこととは何か
ゲームというものは、クリエイティブを最優先にしながら、コストを見極め、スケジュール通りにプロジェクトを動かしていくというせめぎ合いの中から生まれる。その成否をうまくコントロールするために、バンダイナムコエンターテインメントは全社で品質向上に取り組んでいる。
その過程の中で、同社ではプロジェクトを立ち上げる際の意思決定スキームの最適化にも取り組んでいる。その中で同課の目的は、自社製品・サービスのコスト以外のクオリティ(品質)とデリバリー(納期)をコントロールすることにある。つまり、プロジェクト推進における課題と進行スケジュールの可視化によって、開発力の強化を実現するものである。そこには当初、苦労もあったと宋氏が言う。
「PMの仕事と聞いて多くの人がまず思い浮かべること、つまり、最も期待されるところは、恐らくスケジュールや課題/タスクの可視化と管理だと思います。ただ、実際に進行中のプロジェクトにジョインした当初にまず私がやったことは、どんな仕事でも率先して拾うことでした。そもそも社内ではPMOという体制自体になじみがない。そんな中でいきなりやれスケジュール管理だ、課題管理だと事情も知らずに突然来た奴が言ったところでハレーションが起こるのは必至ですし、そんな不信感のある状態で円滑にPM業務は遂行できません。そこでまずはプロジェクトメンバーから、使える人間だ、本当にこのプロジェクトのために仕事をする奴なんだと思ってもらうようにしたのです。そうやって互いに信頼を築いてから、徐々に業務の幅を広げていき、PMOの役割を浸透させるように意識しました。時間もかかるプロセスではありますが、同じ苦労を分かち合っていれば、相手にも分かってもらえる。上から目線ではなく、同じ釜の飯を食っているメンバーという存在に早くなることを心掛けたのです」
プロジェクトマネージャーが不足する中で自社PMOの役割を独自に工夫
ゲーム業界では一般的にプロデューサーやディレクターがPMの役割を兼ねる場合が珍しくなく、必ずしも専任のPMを置くという概念は今も浸透していない。
「これまでプロデューサーが1人で企画ほか外部との折衝、プロジェクト管理を行ってきましたが、昨今のゲーム開発の大規模化やビジネスモデルの多様化で困難なケースが増えてきています。この状況で全てをコントロールできる優秀なプロデューサーもいますが、一般的には1人で全てを管理するレベルを超え始めているのが実情です。そのため、プロジェクト内で分業する発想も必要になってきており、専任のPMアサインがより必要になってくると考えています」
しかし、これまでの経緯から専任のPM人材が潤沢ではない現状にある。対応が必要なプロジェクト数に対し、プロジェクトマネジメント課員もまだ足りているとは言い難い実情だ。そのためPMOの役割についても、1つの組織に閉じるのでは限界があったと小俣氏が言う。
「そこで自社で全てを完結するのではなく、状況に応じてリソースを選択し、外部パートナーなどと連携しながら、外部のPMと当社のプロジェクトマネジメント課員が協働でプロジェクトを管理するようにしたのです。そうやって具体的なPMの実務をまずは浸透させて、全社的にPMOの重要性を浸透させていきたいと考えているのです」
PM採用を積極化させると同時にPMOの成功事例を積み上げる
同社では今、PMの採用にも力を入れている。外部パートナーの活用だけでなく、社員として迎えるキャリア採用も積極的に進めており、2022年度も一定数の募集をかける方針だという。
「実務経験や専門スキルに加え、ゲームに対する理解や興味があり、クリエイティブを担うプロデューサーやディレクターとコミュニケーションをしっかりとれる人材を当社に迎えたいと考えています。特に、状況把握や課題感についての可視化、言語化の能力は必要不可欠であり、それができる方であれば、業界は問いません」(小俣氏)
同社でのPMOの取り組みは現在進行中であり、目に見える成果を生むのはこれからだ。しかし、この取り組みに際し、まずは社内有志から意見が寄せられ、そこから社内でその必要性が醸成され、経営の意思決定に至ったという経緯がある。業界の変化を素早く読み取り、いち早く手を打つことはビジネスには必要不可欠なことだが、そこは同社の組織としての柔軟性があったが故にできたことだとも言えるだろう。
「今後、PMOが中心となってノウハウと知見を積み上げて、プロジェクトマネジメントに関するマニュアルを作成することで、PMと仕事をするためのボトムベースでの社内基準をつくっていきたいと考えています」(小俣氏)
これからもさまざまな試みを続けていくというバンダイナムコエンターテインメント。PMOがうまく機能し、プロジェクトマネジメントを成功させていくために、どのようなことが重要だと考えているのだろうか。宋氏が言う。
「誰かのため、ではなく、“プロジェクト”の成功のために真摯であること、そして、ときには衝突も恐れない気持ち。一口に言えば、信頼と勇気でしょう。同時に、PMOによる成功事例を増やすことで社内認知を上げることも必要です。それには新たな人も体制も、仕組みも必要だと考えています。つまり、全社的に変革に取り組んでいくことこそが、成功への条件となるのです」
【取材を終えて】作業ではなく目的ベースで定義されるPMO
プロジェクトマネジメントは、なにもスケジュールを管理することが目的ではなく、あくまでプロジェクトが価値を創出するための手段であり、そのために必要となる手法をバックキャスティングして考え、そしてそれを適用させる。こうしたプロジェクトマネジメントの原則に改めて気付かされます。
そして、プロジェクトを主導する部署、主導するプロジェクトを支援する組織機能としての組織的PMO。こうしたPMOがレポーティングを中心とした単なる作業屋・管理屋に徹するのではなく、プロジェクトを主導する部署と一体となり価値を創出するために真摯に取り組み、そして”頼りになると信じられる”存在になる。つまり、そこにPMOが機能する前提となる“信頼”が生れる。こうしたことの重要性について改めて教えていただいた貴重な機会となりました。
<マネジメントソリューションズ 内山鉄朗>