ビジョンのつくり方にも変化が生まれている。かつては経営層や中核となる部長層がトップダウンでビジョンをつくることが多かったが、近年は、経営層・部長層のバックアップの下、企業経営の次の世代を担い、またビジョンの実現活動に直接関与する「次世代メンバー」が自ら検討に関わるケースが増えてきている。

 これは、ビジョン構想を次世代のリーダーシップ開発の機会とするアプローチであり、経営の先行きが見通しづらく、トップダウンで引っ張っていくことの難しさが指摘される「VUCA」の時代において、次世代メンバーを経営に巻き込み、その「思い」をビジョンの中に取り入れ、企業経営の推進力に変える意味合いもある。

次世代メンバー主体のビジョン構想のポイント

 ビジョン構想の基本手順を大ぐくりの3ステップでまとめると、以下の通りである。

①現状における到達点と現在置かれている状況を整理する
②5~10年後の将来に向けた経営・事業の将来像を構想する
③将来像の実現に向けた全社的な活動サイクルを設計する

 次世代メンバーが中心となってプロジェクトを推進する場合、まずは誰でも語れる「現状」への見方から議論を始め、何でも気軽に話せる場をつくることが重要である。

 また、現状に制約されない新しい発想を促すための環境づくりとして、企業としての「存在意義」を言葉にすることが有効である。その切り口として、企業として新たな価値創造を実現した「創業の精神」に立ち戻り、「誰のために、どのような価値を実現してきたか」を振り返ることが次世代メンバーの「思い」を引き出すきっかけになることは多い。

 次世代メンバーが5~10年後の経営・事業の将来像を検討するためのキーとなる投げ掛けは以下の2つである。

①「将来、顧客や社会から何をする会社と評価されたいか」(企業ドメインを中心とする将来像の検討)
②「将来に向けてどんな仕事をしたいか」(事業機会"ビジネスチャンス"の探索)

 これらの2つの投げ掛けを繰り返しながら、経営・事業への発想を広げていくことになるが、実務を直接担う次世代メンバーは、ビジネスシーンを具体的に語ることが可能な②から考えた方が発想しやすい場合が多い。

 最初は少人数で、だんだんと人数を増やしてワークショップ形式での討議を重ね、社内のさまざまなメンバーの思いやアイデアを引き出していく。参加メンバーから出てくるものは断片的な情報・アイデアが中心となるため、それらを意味のある形で受け止め、経営・事業のテーマへと昇華させる「ファシリテーション」が求められる。

 また、自由度の高い討議であるだけに、山ほどアイデアが出たが、それらを意味のある一つの方向性としてうまくまとめられないという悩みも生じやすく、経営・事業の原理原則を踏まえた対応も必要となる。

 これらの悩みを解決するにあたって、集団での討議を始める前に、事業機会(ビジネスチャンス)探索の切り口となる視点と探索例をあらかじめ整理しておくことが有効である。

 次世代メンバーによる「ワイガヤ」での自由闊達な討議を通じて、社内の実態の掘り起こしや新規ビジネスアイデアの発想へとつなげる。そして、メンバーの検討結果を用いて、経営層・部長層が「思い」を 新たに、全社的な意思形成を進めることが肝要であり、こうした世代を超えた討議の体験が、次世代のリーダーシップ開発に効果的である。

 そして、ビジョン構想がある程度、形になったら、現状とビジョンとの対比の中で、ビジョン実現のためのシナリオや、短中期で達成すべき全社的課題の推進方法の設定へと進める。

 それらを設定した後は、上記のコッターの変革の8段階ステップにある通り、「メンバーの自発的な行動を促す」「短期的な成果を早期に生み出す」ことにより、ビジョン実現に向けて新たな行動を落とし込んでいく。ビジョン構想を通じて次世代メンバーのリーダーシップを開発することが、ビジョン実現に向けた「布石」として重要な意味をもつのである。  以上、本稿では人的資本の充実に向けたテーマとして「リーダーシップ」を取り上げ、特にビジョン構想を通じたリーダーシップ開発について論じた。

 改めて、人的資本とは、人を新しい価値・物事を生み出す「資本」と捉える考え方であり、その実現には複合的な課題解決が求められる。この「人的資本の充実」シリーズでは、人的資本の充実のためには組織が自らを変えることが重要であるとし、5つのアプローチを提言してきた。

 繰り返しになるが、組織の中で責任ある立場を担う方々から現場の第一線で活躍する方々まで、自らが変わることで人的資本を充実させていくことを願って、本コラムの区切りとしたい。

コンサルタント 戸張敬介(とばり けいすけ)

経営コンサルティング事業本部 兼 デジタルイノベーション事業本部
チーフ・コンサルタント

成長・新規事業戦略策定、企業・部門・工場の長期ビジョン・中期計画策定、デジタルイノベーション構想、プロジェクト型業務の生産性向上等をテーマに研究・コンサルティング活動を展開。

JMACの「ものづくり」改革技術と脳科学を応用した独自の「イノベーション論」を特長に、現場の一人ひとりの思いやアイデアを引き出しビジュアルに整理すること、また全社・部門の改革ストーリーを「ライブ感」をもって描き、各階層の具体的な行動へ展開することを大切にしている。

これまでの支援実績は、産業機械・設備業、IT・情報サービス業を中心に、物流機器、空調機、映像機器、蓄電池、住宅設備、プラントエンジニアリング、物流、ビルメンテナンス、不動産IT、IT系法務、産業設備工場、化粧品工場、食品、酒類等多岐に渡る。