(1)企業主語ではなく、お客さまや社会全体への深い共感と理解が課題意識のスタートラインになっている。
(2)企業の業績の向上と、環境・社会の持続可能性を共に両立できるサステナビリティの考え方を提示できている(その考え方はパーパス、ミッション、フィロソフィという呼び方でシンプル&わかりやすいメッセージになっている)。
(3)話の順序が「WHY」→「HOW」→「WHAT」の順番、いわゆる「ゴールデンサークル理論」(注1)に則って語られている(上の1と2は「WHY」に相当する)。
(注1)「ゴールデンサークル理論」とは2009年のTEDでサイモン・シネックによって提唱された考え方。優れた企業や人物は「WHAT」や「HOW」ではなく、常に「WHY」から考え行動に移す。そして周囲の人々はこの「WHY」に惹かれて、物を購入したり、賛同したりする、という主張。
上記の3点がクリアできていれば、聴衆のハートをつかみ、スタンディングオベーションを受けることになる確率は高まるはずだ。ちなみに直近でこの栄誉にあずかったのはCES 2020のデルタ航空CEOエド・バスティアンである。
逆に基調講演での最悪のパターンは、理念やビジョンをおざなりにして、つまり、「WHY」や「HOW」をすっ飛ばして新製品の発表に終始してしまうような場合だ。この場合、CESの目の肥えた聴衆はブーイングか途中退場で強めにダメ出しをするだろう。
CES 2022については、昨年(2021年)末の12月22日にT-モバイルCEOのマイク・シーベルトの基調講演がキャンセルになってしまったので、図にあるように、サムスン電子、ゼネラルモーターズ、アボットの3社のプレゼンが基調講演のすべてであった。
筆者が良かったと感じた順番にCES 2022の基調講演の内容を見ていこう。
CES初登壇のアボットは1888年創立、アメリカのシカゴに本社を置くヘルスケア企業である。ウエアラブルのセンシングデバイスとスマホのアプリで血糖値の管理ができる「FreeStyleリブレ」という製品のほか、心臓病を克服するペースメーカーや医師が遠隔で脳に弱電流を流すことでパーキンソン病の発作を軽減する画期的な製品で知られている。
会期2日目の朝に若きCEOのロバート・B・フォードが颯爽と登壇、「Human Power Health」というアボットが目指す新たなビジョンを提示した後、お客さまである患者への共感や深い理解を前提に、「HEALTH + TECH」のアプローチでアボットの治療や予防の可能性を拡げていくことを高らかに宣言した。
アメリカでは10人に1人が糖尿病を患い、実に2人に1人が心臓疾患で苦しんでいる。これをアボットが近視眼的にビジネス拡大(金儲け)のチャンスと考えるか、それとも企業の課題領域として受け止め、お客さまである患者の意思を尊重しながら、その人の人生の可能性や選択肢にまで踏み込んできめ細かい目配りをしていくことを「パーパス」(社会的な存在理由)と考えるかで、社会全体の近未来のあり方(サステナビリティ)にも大きな違いが出てくるはずだ。
フォードCEOのプレゼンは、企業にとって都合の良い、架空の誰かを設定するのではなく、リアルに存在する患者にスポットを当て、その気持ちの変化に寄り添う形で進んだ。家系的な糖尿病と付き合っている女優・コメディアンのシェリー・シェパード、心不全を克服して新しい人生を手に入れた市井のタイロン氏、医師の遠隔処方でパーキンソン病の発作をコントロールできている同じく市井のランディ氏、といった具合である。基調講演がスタートして最初の15分くらいで、会場の聴衆はアボットのプレゼンに魅了されていたように思う。
さらにフォードCEOはプレゼンの終盤で、自社の製品サービスを今後は治療や予防から栄養管理やトレーニングの領域に拡大していくことにも言及、ウエアラブル・バイオセンサー「Lingo」を紹介した。「Lingo」は上腕部に付けたボタン形状のウエアラブル・バイオセンサー(FreeStyleリブレのセンサーと似ているものだ)によって測定した「血糖」「ケトン体」「乳酸」「アルコール」の4つの指標を、スマホのアプリでリアルタイムに可視化して管理することで、健康維持や運動パフォーマンスの向上に役立てていくことを狙いとしている。