
経済産業省と東京証券取引所が選ぶ「DX銘柄2020」「DX注目企業2021」に選出されるなど、食品業界におけるDXの先駆者として知られる日清食品ホールディングス(HD)。同社が中長期成長戦略の達成に向けて取り組んでいる全社DX活動「NBX:NISSIN Business Transformation」の現状とマイルストーンを、CIOの成田敏博氏に語ってもらった。
デジタルによる生産性向上、ビジネスモデル変革を両軸とする「NBX」
「デジタル化による業務効率化や生産性向上はかなり進んできましたが、デジタルを活用したビジネスモデルの変革や事業創出はこれからが本番です」
日清食品HDのCIOである成田敏博氏は、日清食品グループのDXのステージについてそう語る。
同社は中長期成長戦略のビジョンに「EARTH FOOD CREATOR」を掲げている。常に新しい食文化を創造し続ける企業グループとして、環境・社会課題を解決しながら持続的成長を果たすCSV※経営を追求し、同時にコーポレートレジリエンス(企業としての強靱性)を飛躍的に向上させるというものだ。
※Creating Shared Value:共通価値の創造
この戦略を実現する大きな鍵の一つが、デジタルをフル活用した事業構造改革である。それを推進するための全社活動テーマは、「NBX:NISSIN Business Transformation」と名付けられた。
グループ全体でIT・デジタルツールを最大限活用してオフィス業務のペーパーレス/ハンコ(判子)レス化や工場のスマートファクトリー化などを進め、生産性の向上を実現するのがNBXの第1ステージとするなら、成田氏が言うようにこの段階は順調にクリアしつつある。
そして、日清食品グループが挑もうとしている次なるステージは、人事における「タレントマネジメントシステム高度化」、マーケティングにおける「360°消費者理解」、営業での「データドリブンなソリューション提案」、そして「サプライチェーンの清流化」などにより、ビジネスモデル自体の変革を目指すというものだ。まさにDXの本丸であり、それがこれから本格的に始まろうとしている。
日清食品グループの全社活動テーマ「NBX」
ネット企業から転身した成田氏の目に映った日清食品の意外な姿
成田氏は大手コンサルティングファームを経て、ネット企業のディー・エヌ・エー(DeNA)とメルカリでIT戦略に携わった後、2019年12月から日清食品HDの一員に加わった。ちょうど日清食品グループが「デジタル元年」を宣言し、「DIGITIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)」をスローガンにDXへ向け、アクセルを踏み込んだ年である。
デジタルネイティブと言えるような企業を渡り歩いてきた成田氏の目に、当時の日清食品グループはどう映ったのだろうか。「想定していたよりもずっと組織間の壁が低く、トップの強いコミットメントでデジタル化が着実に進められていました」
60年を超える歴史のある大企業であり、しかもデジタルとの関連が薄い食品業界に属する日清食品グループが、躊躇なくデジタル化に突き進むさまは成田氏にとって予想外だったようだ。
なぜ、それだけスピーティに動き出すことができたのか。その理由について成田氏は、「社内でDXの陣頭指揮を執る安藤徳隆COOが、デジタルを活用して業務を変革していかなければ、グローバルカンパニーとして生き残るのは難しいという強い危機感を持ち、それを社内で共有していたから」と言う。
スローガン「DIGITIZE YOUR ARMS」を浸透させるべく、社内報で公開されたイメージビジュアル。デジタル機器で武装したサムライやアンドロイド化された同社のキャラクター「ひよこちゃん」が描かれている
それ故、「私が入社してからも、変化を起こすことに対して社内から反対されることはほとんどありませんでした」と言う。
デジタル化のファーストステップとして日清食品グループでは、「脱・紙文化」と「エブリデイテレワーク」を掲げていた。テレワーク環境の整備は、2020年に予定されていた東京オンリピック・パラリンピック期間中の出社制限を想定したものだったが、コロナ禍によってむしろ予定より早く整備が進んだ。
一方で、申請や決裁などには紙による業務フローが数多く残されていた。そこで成田氏が着手したのは、ローコードツール活用による現場主導でのペーパーレス/ハンコレス化の推進である。
ローコードツールで業務アプリ開発を内製化
プログラミングの専門知識がなくてもソフトウエアを開発できるのが、ローコードツールである。日清食品グループでは2020年春、まずIT部門でこうしたツールを導入。その後、総務や経理、人事などのバックオフィス、製品開発、生産、営業などの各部門でも順次、ツールを使える環境を整えていった。
IT部門が各現場と連携して紙業務を洗い出していったところ、申請に必要な書類だけでも100種類以上あった。紙ベースで行っていたこれらの業務をローコードツールや電子署名ツールなどを使って、一気にデジタル化しようとしたのである。
「日清食品グループには、もともと現場発で業務を変えていく文化がありました。専門知識がなくても扱えるデジタルツールを提供すれば、それだけでペーパーレス/ハンコレス化も加速すると考えたのです」
IT部門はツールの利用を強制するわけではなく、あくまでもサポートする立場。環境を整備し、運用のルールを決めた上で、分からないことがあればアドバイスする。最初のころは、使い方に関する質問が多かったが、使い方が分かってくると「こういうことがしたいので、ちょっと手伝ってほしい」という相談が増えていった。
「課題感が明確で、『こうしたい』という意思がある部門ほど活用はどんどん進みました。その影響によって、他の部門にも徐々に広がっていきました」
こうして、紙や表計算ソフトで行われていた業務が、現場主導で開発した業務アプリによる処理へと徐々に置き換えられていった。例えば、中核事業会社である日清食品では従来、現場から稟議を上げて承認を得るまで平均20営業日かかっていたが、デジタル化によって平均4.4日に短縮できた。削減された紙の数は、グループ全体で10万枚以上にも及ぶ。
業務アプリの開発を外部のITベンダーに頼っていたのでは時間がかかるし、スピーディに改良していくことは難しい。これを内製化することによって、アジャイルな開発・実装を実現することができた。
その結果、2つの関係性が変わった。1つは、現場とIT部門の関係性。「ビジネスユーザーである現場が主体で、IT部門はそのサポート役という関係性がより明確になりました」
もう1つは、IT部門と社外のITベンダーの関係性である。「ベンダーに開発を任せるのではなく、伴走者として会議に参加してもらって、アドバイスをもらう。つまり、私たちIT部門がシステム開発の主体となり、内製化できるような組織能力の構築を進めています」
プログラミングの専門知識が必要な業務アプリの開発などは、ビジネスの現場に任せるのが難しい。そこはIT部門が現場のニーズを吸い上げながら内製化する。その際に必要に応じてアドバイスをもらえるよう、ITベンダーとの契約の在り方を見直した。
外部のITベンダーから開発ノウハウや知見を提供してもらい、社内だけで企画・構築・運用できる体制を目指し、現場の課題を迅速にシステムへと反映させることで環境変化に耐性のあるシステムを提供していく方針である。
データ連携/集約/分析基盤を整備して「息をするようにデータを使いこなす」
冒頭で述べた通り、日清食品グループの全社DX活動であるNBXは、効率化・生産性向上のステージから、ビジネスモデル変革のステージに移ろうとしている。この新しいステージでIT部門が目指すことは何だろうか。
その点について成田氏は、「データ連携/集約/分析基盤の構築」と「データドリブンのカルチャー醸成」の2つを挙げる。

日清食品グループは、2015年に基幹系システムを刷新し、2019年にはサーバーもオンプレミスからクラウド基盤上に移行した。経済産業省が「DXレポート」で指摘したITシステム「2025年の崖」は既に克服している。
しかし、「複数あるシステム間のデータ連携ができていないため、各システムのデータを横断的に分析・活用することができていませんでした」。成田氏は今、この課題を解決しようとしている。
オンプレミスでもクラウド上であってもシステム間のデータを連携できるiPaaS(Integration Platform as a Service)や、各種のデータを一元的に保管・管理できるクラウドベースのデータレイクなどによって構成されるデータを連携/集約/分析する基盤を、現在構築中だ。
また、データドリブンカルチャーの醸成に向けては、まずデータを分析・可視化できるBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを整備した上で、「BIを用いて、社内各所でデータを自由に扱えるリテラシーを高めていきたい」と考えている。
これまでも、一部の部門ではBIツールを使っていたが、全社で見れば活用している社員はわずかで、多くの社員は従来通り、表計算ソフトなどに頼っているのが現状だ。社員にとって使い勝手のいいBIツールを全社レベルで活用し、ツールを使いこなせるようにIT部門がサポートすることで、全体的なリテラシーを底上げしていく方針だ。
さらには、データサイエンティストのような高度な専門知識がなくても、業務に適したアルゴリズムの選定や、AIモデルの構築、ビジネスへの実装ができるオートML(機械学習自動化)ツールの利用も検討している。
ローコードツールなどを使ってさまざまな業務がデジタル化されてきたことで、デジタルデータを取得できる範囲は着実に広がっている。データ連携基盤とBIツール、オートMLを使って、それらのデータを部門横断的に分析・可視化したり、活用したりできるようになれば、ビジネスプロセスやビジネスモデルも自ずと変わっていくはずだ。
例えば、営業部門とマーケティング部門が協働して消費者理解を深める、あるいは、AIによる需要予想に基づいて商品納入先の企業にソリューション提案を行うといったことも可能になる。
「誰もが息をするような自然さでデータを使いこなし、それに基づいて意思決定や価値創造を行うデータドリブンな企業に、日清食品グループを変えていきたい」。それが成田氏の目標である。






