人間軸×技術軸で自律性を発揮する「イノベーション人材開発」

 2020年度、新型コロナウイルスによって日本は初めての緊急事態宣言を経験し、企業活動においてもお客さまとの接触が断たれ、実施していた多くのプロジェクトをストップせざるを得なくなった。

 そんな中で、私はかねてよりトライアルしてみたいと構想を温めていた、「人間軸×技術軸で自律性を発揮させる人材開発プログラム」を自分の所属するチームメンバーに半年間トライアル実践してもらった。研究・開発テーマ、新事業企画テーマ、組織変革テーマを自らあげてもらい実践につなげる支援はこれまで数多く行ってきた。

 その中で上述の「アイデンティティ」の存在について私は課題を感じていたため、テーマアップの考え方だけではなく自分自身の理解を深める考え方も掛け合わせてプログラム化した。

 トライアルメンバーの中には、ちょうど大きな昇格を約1年後に控えていたOさんがいた。Oさんは、経験は長くお客さまに対する理解力の高さにおいては定評があったが、昇格というイベントに向けた準備やライフスタイルの変化のまっただ中で、キャリアについての悩みを抱えていた。悩みや迷いが出てくると仕事がつらく感じてくるものだ。

 そこで、自分の過去を振り返り、今の自分の価値観や貢献したいと思えることなどを見つめ直す機会をもった。また、今の業務やテーマとはいったん切り離し、「自分はどうなっていきたいのか」「誰にどのように貢献したいのか」というビジョンをできるだけ具体的に描いてもらった。

 その際に「自分がどのような事業でどのような役割を果たしているのか」ということを想像するのである。それを実現していくことをいったん目標として掲げ、今の環境でやるべきこと・できることを取り組みテーマとして設定するのである。もちろん、目標やテーマは変わっていってもよい。

 Oさんはその過程の中で、改めて自分自身の強みや望みを振り返ったうえで、昇格イベントをどうクリアしたらいいのかということを考えていた。そしてそれが大変なことに思えていた。しかし、昇格は自分が取り組みたいテーマを実現する過程の一つにすぎないと気付いた。そうすると「昇格でもどうするべきなのかがおのずと見えてきた」と憑き物が落ちたように晴れやかに話してくれた。

 至近な例からではあるが、今、Oさんは昇格を前に相変わらず多くの課題に向き合っているものの、それでもキャリアに対する悩みや躊躇は感じられず、前向きに取り組んでいる。

 環境変化が激しい昨今、価値創出や変化対応に継続的に自律的に取り組んでいくための一つの要素として「アイデンティティ」ということに触れた。おそらく企業のマネジメントの中でも、変革テーマやイノベーションテーマにおいて、担当者の「アイデンティティ」について重視されているケースは少なく、読者の皆さんにとって新しい視点になるのではないだろうか。

 なぜ、自分自身はこのテーマ・業務に取り組むのか、自分自身の人生の中でこの業務やテーマはどのような位置付けになるのか、見つめ直してみてほしい。

次回は「認知バイアス」についてお話しする。
知らず知らずのうちに自分にかけてしまっている呪縛をどう解きほぐすのか。イノベーション人材への最後の砦について語っていこう。

コンサルタント 大﨑真奈美(おおさき まなみ)

R&Dコンサルティング事業本部
R&D組織革新・KI推進センター
チーフ・コンサルタント

技術者・研究者の企画力向上や、R&D組織革新の支援に従事している。最近は、技術者・研究者の心に火をともすことをミッションとしており「火おこし」役として日々実践・研究をしている。2児の母。カウンセラー資格を持っている。