デジタル技術はあくまで手段

 ゲームストップ株のケースにおいて、ロビンフッドのアプリはあくまで取引を実行する手段です。本質的な問題は、不特定多数の人々がインターネット上で意思を共有することが容易になった点にあります。したがって、デジタル技術云々よりも先に、インターネット掲示板上で証券取引法違反の行為があったかどうかが問われるべきと言えます。

 市場の「不適切な」急変動に対しては、各国の証券取引法(日本では金融商品取引法)がほぼ共通して持つ、仮装売買や通牒、見せ玉、市場操作情報や虚偽情報の流布などの相場操縦行為の取り締まり規定の適用の可否が、まず検討されるべきでしょう。この過程を抜きにしてデジタル技術を問題にすることは、生産的な議論とは言えません。

 市場の変化は、一部の主体にとって不利にもなり得るわけですが、同時に、経済や企業にとって重要な情報を含んでいます。また、これまでの経験は、市場の一時的な変動がもっぱらテクニカルな要因に基づくものであれば、市場は比較的速やかに元に戻ることを示しています。

 したがって、市場の継続的な変動をITやデジタル技術に帰すことは、むしろ市場の示唆する本質的な問題を見誤らせるリスクがあります。例えば、仮に国債価格が一瞬ではなく継続的に下落することがあれば、ファンダメンタルズの変動、例えば、インフレ予想の上昇や財政への信認低下の可能性を考え、必要な方策を講じるべきでしょう。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。