藤森慶太(以下、藤森):ギグワーカーの増加や人材のシェアは、従業員と会社の関係が変わっている証拠とも言えます。これまでの日本は従業員に過保護で、従業員は会社が守るものでした。その分、人材を外部にシェアする文化は弱かった。しかし今後は、社員も会社も自己責任が重視される“大人の付き合い”になるでしょう。その代わり、会社も社員を束縛しない。こういった動きになるのではないでしょうか。

髙荷力(以下、髙荷): IBM Future Design Lab.では生活者調査を行いましたが、シェアという文脈では、消費において「所有への回帰」が見られます。あわせて、国産製品を買うことで国内企業をサポートしたいという意向も生まれている。こういった状況下で、今後シェア文化や専有・共有のバランスがどう変化するかは興味深いですね。

西村:黒田さんは、UDSにおいてホテルやレストランなどを起点としたまちづくりに取り組んでいます。今回、共有というテーマで聞きたいのは、かつて手がけられていたコーポラティブハウスという集合住宅です。通常の集合住宅は、建物ができた後に入居者を募集しますが、こちらは入居希望者が先に集まり、建物づくりから話し合うプロセスが特徴ですよね。

黒田哲二(以下、黒田):そうですね。土地を確保した段階で入居希望者を募集し、設計段階から話し合いつつ集合住宅をつくっていきます。

 この手法のポイントは、つくるプロセスを共有する過程でコミュニティが形成されることです。みんなが暮らし始めてから徐々にコミュニティが形成されるのではなく、建設プロセスの中で何となくみんなが知っている状態になる。暮らし始める時点で住民コミュニティができています。暮らす前にある程度の信頼や関係性を作れるのが大きいと言えます。

共有に必要な「信頼」の形は時代の中で変わった

西村:今お話に出た信頼は、モノやサービスを共有する上で重要なテーマですよね。シェアリングエコノミーの普及に携わってきた石山さんは、信頼についてどう思いますか。

石山アンジュ(以下、石山):昔、親から「知らない人の車に乗っちゃダメだよ」と言われた人は多いと思います。でも今、知らない人のものをシェアするシェアリングエコノミーの国内市場は2兆円に達しています。つまり、昔の常識を180度くつがえす概念で市場が成長してきたのです。

 とはいえ、他人と共有するには相手への信頼が不可欠です。特に個人間の取引は初対面の人の家に宿泊したり自家用車に乗ったりするビジネスモデルです。そこで信頼について考えると、時代とともに3段階のパラダイムシフトが起きてきたと言われています。第1の信頼は、ローカルな信頼。近代化以前は、顔の見える範囲での人間関係の中で「石山からもらった醤油なら毒がはいっていないだろう」と各自が自分の軸で信頼していました。それが近代になり、商品交換の距離や規模が大きくなると、組織が信頼を担保するようになった。「この企業の製品なら大丈夫」と。これが第2の信頼です。

 そして今、第3の信頼が生まれています。クチコミのように、オンライン上の利用者の集合知で信頼を担保する形です。シェアリングエコノミーは第3の信頼で発展してきました。知らない人から借りる不安を、テクノロジー上の大人数のユーザーの評価で解消しているのです。

田中:昔の近所づきあいや地域の町内会でも物のシェアは行われていましたが、それはまさに信頼関係で成り立っていましたよね。ギブアンドテイクだけでなく、時にはギブだけ、無償の提供もありましたが、それもあくまでお互いの信頼関係で成り立っています。一緒に畑作業をしたり何か手伝ったり、汗をかいて信頼を作っていたわけですよね。

石山:そうですね。昔のシェアは、生活を成り立たせるために必要だったと言えます。しかし大量生産・大量消費の時代に突入すると、人の助けを借りず、一人で暮らすのも容易になってきた。生活のためのつながりを必要としなくなりましたよね。

 その一方で、ビジネスモデルとしては新しい信頼のあり方も見られます。それは、ギブアンドテイクのように確実な何かが返ってくる保証がなくても、自分のニーズや相手への思いからいったん信頼してみる形です。

 クラウドファンディングが代表的で、支援してもどれだけのリターンが来るかわかりません。それでもプロジェクトに共感してお金を出します。生産者の産直通販サイト「食べチョク」も、食材の品質より、生産者に共感してお金を払う人もいます。期待通りの結果になるかはわからないけど、消費者がいったん託してみる。そんなビジネスモデルができています。

西村:今まで消費者は確実性を求めていたけれど、逆に「この人になら裏切られてもいい」と失敗する可能性を許容して、消費者が参加するサービスも出ているということですよね。