なぜフェイクニュースは発生したのか?

 今回のアップルカー騒動の発端となった1月8日の「現在自動車がアップルと自動運転EVの委託生産について検討している」という報道は、よくよく調べていくと韓国東亜日報の地方版がその震源地のようだ。つまり他社の報道はほとんどこの情報をベースにした伝聞や憶測記事である。

 米CNBCや日本経済新聞など成熟した先進国のクオリティメディアが怪しい情報源を十分に検証せず、軽率な報道をしてしまったことで、混乱が加速したと言える。

 しかし一方で、「アップルカー」という論理的に考えれば成立しにくいフェイクニュースに尾ひれをつけてしまった要因として、何点か思い当たる節がある。

 もっとも直接的な要因は、2021年1月12日、完全オンラインで開催されたCES 2021の影響だ。米GMのメアリー・バーラCEOが基調講演に颯爽と登場、2025年までに30車種のEVを投入することを高らかに宣言したインパクトは大きかった。GMのシンボル的な車種「ハマー」のEV化やキャディラックブランド傘下では最初のEVとなる「キャディラック・リリック」の発売が象徴的にアナウンスされたこと、傘下のクルーズのサンフランシスコでの自動運転の実証実験の成功映像がプレゼンテーションの中で紹介されたこと、さらにはイベントのオンライン化で普段はCESに来場できない層にまで一気に情報が拡散したことなど様々な要因が積み重なり、年初から「EV」と「自動運転」が一気にバズワードになった可能性が高い。

(参考)CES 2021報告 コロナ禍でDXは「堅実に」加速した(『JDIR』)

 2つ目の要因はアップルの中長期的な成長戦略に対する、主に投資家筋の懐疑的な見方の広がりである。かつてアップルの売上の7割を占めていたiPhoneの比率がそのイノベーションの縮小とともに低下し現在では5割程度まで落ちていること、10万円を超えるプレミアムな機種の販売比率が下がり、売れ筋がSEなどのお買い得機種に集中していることで、アップルの収益力には翳りが見える。iPhoneに変わるヒット商品の出現が主に投資家の間で期待されているのだ。2016年以降、ガジェット的なネタとしてアップルカーが次のスマッシュヒットとして待望されており、ネット空間にアップルカーという極めて高価格帯のプロダクトに関する情報の蓄積(すべて根拠の疑わしいものばかりだが・・・)があることが、フェイクニュースの拡散を加速させたのではないだろうか。事実、ネット検索をすれば、ルーシッド・モーターズの他にも、過去、BMWや台湾のFoxconn、カナダのMagnaなどの企業が幻のアップルカーの委託生産先として取り沙汰されたことが確認できる。

 そして3つ目は、人間の持つ「認知バイアス」によるものだ。「人は現実の全てが見えるわけではない。多くの人は見たいと思う現実しか見ない」という言葉はユリウス・カエサルが『ガリア戦記』で記した有名な一節である。多くのアップルファンにとって、アップルが「Think Different」な特別な存在であってほしいが、アップルのブランドのモーメンタム(勢い感)はスティーブ・ジョブスがアップルに復帰してから亡くなるまでの10年間に比べると低下していると認めざるを得ない。アップルカーの源流が、スティーブ・ジョブスの肝煎りでスタートしたプロジェクト「タイタン」であることも、ファンの「見たいと思う現実」を強く刺激するのだろう。

 GAFAの陣営ではグーグル系列のウェイモが自動運転技術を文字通り牽引し、アマゾンもEV配送車両や配送ロボットの自社開発を進めているほか、傘下に収めたズークスの進境も著しい。GAFAで唯一のモノづくり企業であるアップルにも起死回生の隠し球があって然るべき、と発想するのは不自然なことではない。

(参考)「アマゾンがズークス買収で塗り替える自動運転の未来」(JDIR)

 以上、3つの要因に加えて、アップルの極端な秘密主義が今回ばかりはいささか悪さをしたように思えてならない。アップルが2021年1月の段階で否定のコメントを出せば、火事の火種は世界に飛び火せずに韓国国内で消えていたはずだ。

 アップルはユーザーの期待や信頼に応えることで強固なブランド価値を構築し、それによってプレミアム価格の維持に成功してきた。DXが進展し、AIやIoTがビジネスの現場や人々の生活に溶け込んで久しいが、今後アップルに期待されるのはデータの利活用をユーザーにわかりやすい形で示し、人間の創造力を刺激する方向でクリエイティブな社会の構築に寄与することだ。モノとしてのクルマづくりは本職のGMやテスラに任せておけば良い。