貿易取引と通貨のプレゼンス
貿易取引などにおいて自国通貨のプレゼンスを高めることは、産業や経済の安定にとって重要です。もちろん、為替レートの変動は、結局は輸出入数量や輸出採算などに響くことになります。しかし、自国通貨建てでの取引が多ければ、少なくとも短期的な影響については、回避しやすくなります。
現在の世界の基軸通貨は米ドルであり、為替取引の9割近くは米ドルを対象とするものとなっています。これは、第二次大戦後の「ブレトンウッズ体制」以降、米国が積み上げてきたレガシーといえます。
もちろん他の国々も、自国通貨のプレゼンス向上に向けたさまざまな取引を行ってきました。日本は数十年前から「円の国際化」を掲げてきましたし、中国も現在、「人民元国際化」に積極的に取り組んでいます。もっとも、どの通貨を用いるかを決める上では、「その通貨が他の取引にどの程度使われているか」がきわめて重要となります。他で使いにくい通貨は、そもそも受け取りたくないからです。このため、既に基軸通貨となっている米ドルに、他の通貨が直ちに取って代わることは容易ではありません。
とはいえ、デジタル化は各国に、自国通貨のインフラを発展させる機会を提供しています。同時に、インフラ間の競争も激化しており、貿易インフラのデジタル化とその中で自国通貨の使い勝手向上に努めないと、自国通貨のプレゼンスが低下しかねません。さらに、地域の特産品などを海外の市場に売っていくためにも、貿易取引の効率化は重要となります。
もちろん、貿易取引のデジタル化は、技術だけでできるわけではありません。例えば、貿易に関連する船荷証券などさまざまなペーパーをデジタル化する上では、制度面での対応も必要になるでしょう。また、取引実務をデジタル化に適したものに変革していくことも重要です。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。