また、デジタル化されている資産とマネーとの取引が、スマートコントラクトによって自動的に行われる場合、取引の物理的な「場所」を定めることは容易ではありません。このことは、取引の準拠法や、仮に紛争が生じた場合の裁判管轄をどう定めるべきかという問題につながります。
さらに、スマートコントラクトを通じた取引によって損失が発生した場合、これは関係者の間でどのように負担されるべきか、また、裁判所に訴えが提起された場合、裁判所はスマートコントラクトをどのように考慮すべきかなど、多くの論点があります。
スマートコントラクトの可能性
しかしながら、スマートコントラクトの活用に向け、これらの課題に積極的に取り組み解決していくべきでしょう。スマートコントラクトには、社会を変えうるさまざまな可能性があるからです。
「取引コスト」の存在は、現存するさまざまな制度や経済構造の大きな背景になってきました。例えば、「企業」などの「組織」が存在する理由について、全てを市場で解決しようとすれば大きな取引コストがかかり、組織的に解決した方が安上がりになることが多いためと説明されています。自動車を作りたい場合を例にとると、機械などの設備やエンジニアなど必要な人材をその都度市場で調達するよりも、自動車会社を設立し、内部にある程度の資源を抱えておく方が安上がりということです。
この点、スマートコントラクトは、取引コストの大きな引き下げにつながり得るものであり、このことは、制度や経済構造の変化にもつながる可能性があります。
一例をあげましょう。現役時代が短いスポーツ選手の生活の安定のため、選手が現役時代に競技団体にもたらした収益をプールし、運用し、そのリターンを選手の引退後に自動的に給付する仕組みなどが考えられるかもしれません。このように、これまでは組織を作り、事務局を置き、ガバナンスや会計監査のコストをかけながら行わなければならなかったことをプログラムを通じて自動的に行える可能性が、スマートコントラクトによって生まれます。これにより、コストの削減やガバナンスを巡る透明性の向上などのメリットも期待できます。
さらに、スマートコントラクトが「自動企業」や「自動行政」の実現につながっていく可能性もあるでしょう。例えば、ESGやSDGsに沿った投資活動を行っていく旨をあらかじめコミットしたり、行政への申請の審査やこれに基づく給付金の支払いなどを自動的に行えるようにすることなどが考えられます。
もちろん、プログラムを組み込む段階では想定できない不確実性にも対応できる弾力性は必要でしょう。しかし同時に、他の先進諸国と比べても「マニュアル事務の過剰」が指摘されることが多い日本において、スマートコントラクトの活用に取り組むことのメリットは大きいと考えられます。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。