連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第11回。デジタル技術革新は、世界のマネー競争を激化させる。日銀局長として中銀デジタル通貨の問題に深く関わり、現在は民間などによる「デジタル通貨勉強会」の座長を務める元日銀局長・山岡浩巳氏が解説する。

 これまで、米国のGAFAや中国のBATなど“BigTech”のデジタル決済への参入や、各国による中央銀行デジタル通貨の取り組みなどを紹介してきました。では、デジタル技術の発達は、世界のマネー体制にどのような変革をもたらすのでしょうか。

複数の選択肢からマネーを「選べる」時代

 まず、デジタル技術の発達により、数多くの選択肢の中からマネーを「選ぶ」ことが容易になっています。

 ここでは「マネー」という用語を、広く「支払手段」という意味で使わせていただきます。かつて、ほとんどの人々にとって、「どうやって支払うか」という選択肢は、事実上、現金に限られていました。「ツケ払い」にする場合でも、結局、月末などに現金で払っていたわけです。この間、企業の支払いについては、現金輸送のコストとリスクを避けるため、「為替」という技術や、これに基づく手形や小切手という支払方法が生まれました。それでも、支払手段の選択肢は多くありませんでした。

 しかし、電信技術の発達とともに「電信送金」が普及するようになり、さらにATMの普及により、一般の人々も電信送金を簡便に使えるようになりました。民間のイニシアチブにより、クレジットカードやデビットカード、電子マネーなどの支払手段も登場しました。このように、技術革新は支払手段の選択肢を大きく増やしてきました。

 さらに近年では、スマ―トフォン、QRコードやNFC(近距離無線通信)などのデジタル技術の普及を背景に、電子マネーやモバイル決済など、新しい支払手段が次々と登場しています。

 このような、マネーの選択肢の拡大は、基本的には「用途に応じた手段の選択を可能にする」という意味で、人々に便益をもたらすものです。

 例えば、現金は、「匿名性」や、入手した現金を直ちに次の支払いに使える「即時性」などのメリットを持っていますが、逆に言えば「落としたり盗まれたら危ない」ということでもあります。だから、海外旅行で大量の現金を持ち歩く人は少ないわけです。かつては、現金のような「匿名性」や「即時性」といった特徴を持たない旅行小切手が広く使われました。さらに、クレジットカードの普及により、海外旅行は従来に比べかなり快適なものになりました。

 また、現金で少額の支払いを行うことは、例えば、7円を払うのに5円玉を1個と1円玉を2個渡すか、10円を渡して3円のお釣りを貰わなければならないように、かなりの手間がかかります。この点、電子マネーは少額の支払いでも一瞬で処理することができます。