通貨の競争

 さらに最近では、「通貨」という意味でのマネーについても、選択肢が増加する傾向にあります。

 19世紀以降、各国は通貨を独占的に発行する中央銀行を持つようになり、近・現代を通じて、「一国で一つの通貨単位」という姿が当たり前のように受け入れられてきました。米国ならドル、ドイツならマルク、日本なら円、というかたちです。

近代中央銀行の成立

 これに対し、ノーベル賞経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエクは1970年代、中央銀行による通貨発行の独占をやめ、自由競争に委ねるべきとの提案をしました。そうすれば、最も信認のある通貨が生き残ることになり、政府による通貨発行権の濫用や、これによる中長期的な人々の損失を回避できるという考え方です。しかし、ハイエクの提案を現実に採用する国はありませんでした。

 しかし、その後の技術革新や経済のグローバル化に伴い、国内通貨の代わりに外貨を使うコストは低下傾向にあります。さらに2009年以降、ソブリン通貨(法定通貨)単位に拠らない暗号資産(仮想通貨)も発行されるようになっています。これらは、ハイエクの想定した世界の一部が、形を変えて現れつつあるともいえます。

 今や、海外との取引が多い企業は、資金管理を多通貨で考えることが常識となっています。個人のレベルでも、頻繁に海外出張をする方は、持ち帰った外貨を円に戻さず、次の出張のために持ち続ける方も多いでしょうし、海外経験の長い人の中には、海外の銀行口座に紐付けたクレジットカードを使う方もいらっしゃるでしょう。

 国のレベルでも、自国通貨の代わりに外貨が使われるケースがみられています。カンボジアやジンバブエでは、自国通貨の代わりに米ドルが使われる「ドル化」が進んでいます。さらに、エクアドルやエルサルバドルのように、米ドルの法定通貨化に踏み切る国々もあります。

 フェイスブックが主導する「リブラ」を巡る国際的な議論も、このような文脈の中で捉えることができます。

 通貨は、法定通貨だから、あるいは、納税に使えるからというだけで使われるわけではありません。「ドル化」が進むカンボジアやジンバブエでも、それぞれリエル、ジンバブエ・ドルが法定通貨でした。通貨が支払手段として使われるためには「信認」と「使い勝手」が重要であり、これらに劣る通貨は、ますます淘汰されやすくなっています。

 だからこそ、国際社会はリブラを警戒した訳です。いくら法定通貨でも、信認や使い勝手の劣る通貨は、リブラとの競争に勝てるとは限りません。そして、人々が国内の取引において、自国通貨の代わりにリブラを使うようになれば、間接的に資金流出が起こってしまいます。