将来の通貨システム
デジタル技術革新の下、信認や使い勝手に劣る通貨が淘汰されやすくなっていくとすれば、将来の通貨システムは、これまでのような「一国一通貨」を基本とする体制から、「いくつかの主要通貨と、これにリンクする衛星通貨」のような体制に近づいていく可能性が考えられます。
英国の中央銀行であるイングランド銀行のキング元総裁は、前世紀末の1999年のスピーチで、「中央銀行の力は今がピークであり、今後中央銀行の数は減るだろう」と予言しました。実際、欧州ではいくつかの欧州通貨(マルク、フラン、リラ、ドラクマなど)がユーロに統合され、「独立した通貨を一元的に発行する」という意味での古典的な中央銀行の数は、確かに減りつつあります。他の地域でも、将来を見据えた通貨統合の議論がみられています。
デジタル技術革新の中で独立した通貨圏を維持し続けようとすれば、通貨の信認確保と使い勝手の向上に、これまで以上に努めていく必要があります。例えば、中国のデジタル人民元の取り組みも、近年の人民元クリアリングバンクの各国への設置や、人民元のSDR(特別引出権)入り(2016年)、クロスボーダー人民元決済システム“CIPS”の稼動(2015年)、その24時間稼働化(2018年)など、人民元のプレゼンス向上に向けた中国の包括的な取り組みの一環として捉える必要があります。
もちろん、国がなぜ独立した通貨を持つべきなのかという問題自体、理論的には容易ならざる問題です。しかし、少なくとも、自国独自のマクロ政策(財政政策や金融政策)が効果を発揮していく上で、人々が自国通貨を使い続けていることは重要な前提になります。いくら「円」をコントロールしても、人々がそもそも経済活動に「円」を使わなくなれば、経済に影響を及ぼすことはできないのです。日本も、世界における通貨の競争を十分に意識して、円の信認維持と、その使い勝手の向上に取り組んでいく必要があります。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。