既存のマネーシステムへのチャレンジ

 近代以降のマネーシステムでは、マネーは国の枠組みの下で中央銀行制度や法制度、徴税権などによって信認を与えられ、中央銀行と民間銀行の「二層構造」のもとで供給されてきました。中央銀行は民間銀行などに中央銀行預金を発行し、民間銀行は一般向けに銀行預金(民間銀行マネー)を発行します。そして、銀行預金は決済手段として使われると同時に、銀行貸出の原資にもなってきました。

 決済インフラの提供は、単独では採算ベースに乗りにくいビジネスです。この中で、民間銀行は、預金を通じて集めた資金の一部を準備に充て、大半を貸出などに充てることで、「決済サービス」と「金融仲介」の両方を同時に提供し、決済インフラの運営を可能にしてきました。

 しかし、現代のBigTech企業は、「決済インフラの提供を通じてデータを集め、広範なビジネスで活用する」という、新しいモデルを創り出しました。デジタル技術の進歩と、彼らが「データ・ジャイアント」であることが、このようなモデルを可能にしたといえます。そして彼らは、決済インフラを通じて、ますます巨大な量のデータを、国を超えて集積しています。

 このようなBigTech企業の金融分野への参入には、国際機関も大きな関心を持ってきました。例えば、スイスに本拠を持つ金融安定理事会は2019年2月、筆者が部会長(workstream lead)を務める形で、”FinTech and market structure in financial services”と題する報告書を公表しています。

 BigTech企業は、これまでの新規参入者とは全く異なる特徴を持っています。

 従来、金融業界の新規参入者は、大銀行に比べればはるかに規模の小さい企業やスタートアップ企業が中心でした。彼らは、小回りの利く特性を活かし、既存の銀行が十分カバーできていなかった個別領域に参入してきました。そして大銀行はしばしば、これらの参入者を丸ごと買うといったことも行ってきました。

 これに対し、BigTech企業は、既に大銀行よりも有名であり、格付けも高く、資金を外部から借り入れるコストも銀行より低いのです。このことは、金融分野に参入する上で有利に働きます。

BigTech企業の格付けと調達コスト
横軸:格付け、縦軸:調達コスト(CDSスプレッド)
青:金融機関、赤:ビッグテック企業 (出所)金融安定理事会

 借り入れるコストが安ければ、それだけ貸出や投資を行う上でも有利です。また、デジタル決済手段を自らの債務として提供することは、自らの信用力が十分に高くなければできません。