進化への過剰適応の「罠」に対するメカニズム
JVCケンウッドは、経営がセンターピンとしての役割を、また既存事業分野と並列の関係にあるDXビジネス事業部は、アクセラレータープログラムによるオープンイノベーションを実践しながら右脳的な役割を果たすことで、左脳的と右脳的の異なる2つのアプローチの並存を実現している。
外からは識別できない当社の内部では、多くの製造業をためらわせる「あるある」な罠に嵌らないメカニズムが駆動している。それは社内の個人が属人的な取り組みにとどまらない、企業としての共創の組織能力そのものだ。
設備投資や研究開発の売上高比率が高い製造業では、その収益構造は固定費のウエートが相対的に高くなり、したがって必然的に高い限界利益とそれを支える稼働率が必要となる。
過去における投資はいわゆるサンクコストであり、本来は将来の意思決定に影響を与えるものではない。だが、放っておけば真面目な現場はすぐに既存事業の深化に過剰適応し、累積的に蓄積してきた取り組みは強みであるとのバイアスが働く。遊びのある探索的な取り組みを経営が求めないならなおさらだ。
当社では、厳しい構造改革を断行してきた経営が、一方で新規性のある取り組みを楽しむことを体現しているのは象徴的だ。そこには、経営トップの視座でしかできないバランスの舵取りがある。
スタートアップとの共創は「ごっこ」的であまりに直感的に見えるため、特に技術寄りの企業の合理的判断と相性が悪い。しかしながら、スタートアップとの踏み込んだ接触は、ほぼ間違いなく企業にインパクトある気づきを与えると断言できる。イノベーションに伴う不確実性のリスクを果敢に取るスタートアップは、デジタル技術を活用しながらレガシー企業の都合をステルス的に超越し、顧客だけでなく社会的な需要をも味方に付けている存在だからだ。
当社は、スタートアップが企業にとっての新規事業の担い手としてパートナーとなりうること、またその過程が社内に良い影響を与えうることを理解した上で、アクセラレータープロラムを手段として活用している。
約束された成功などなく、挑戦をくじくのは組織内部における失敗や逸脱への恐怖や不安など、その大半は極めて人間的な問題だ。人間的な損失回避性向がネックであれば、既存のルールを適用除外する特区を立て、したい人ができる環境を経営が整えるしかない。
当社はDXビジネス事業部に新規事業創出というある意味での「権限」を与えることで、スピードを求めるスタートアップに対して自らが「決められる」状態を作った。それは言い換えると不確実性のリスクを果敢に取ったのであり、社外とのオープンな共創がなければテレマティクス事業の急成長はなかったはずだ。DXビジネス事業部は新規事業創出における社内の取り組みに加え、社外との取り組みの両方を担うことで、両者の違いをよく識別している。