――モスクワは核弾頭を積んでいたとウクライナの専門家が主張していますが。

香田 正確な評価を可能とする情報はない。ロシア海軍の戦術核は冷戦時代から強力なアメリカの空母を仕留める最後の手段と位置付けられていた。ボスポラス海峡は国際条約で空母は通れない。黒海でアメリカの空母と非常に激しい戦闘が起きることは、ロシア軍は想定していない。

 このことから推定すれば、わざわざロシアの軍艦から管理が非常に難しい核を撃つ、あるいはウクライナとの戦争において搭載しておく必要はなかったというのが常識だろう。今回は積んでいなかったと私は推測する。

海上経由のロジスティクスに甚大な支障

――モスクワ撃沈がウクライナ戦争の主戦場になった東部戦線に与える影響はどうでしょうか。

香田 ウクライナ海軍が戦闘艦を自沈したことで、ロシア軍は労せず黒海の制海権を獲得した。ロシア海軍がいまやっている任務は二つある。一つはウクライナ南東部の陸上戦闘を支援するための艦砲射撃とウクライナの地上目標に軍艦から巡航ミサイルを撃ち込む対地作戦だ。

香田洋二氏(2014年、ロンドンで筆者撮影)

 もう一つの任務は輸送だ。首都キーウ(キエフ)や北西部の作戦が上手くいかなかった理由の一つに、橋を破壊されたり、途中で待ち伏せ攻撃をされたりしてロジスティックラインをウクライナに切られたことがある。

 10トントラックで1万トンの燃料を運ぼうとすると1000台いる。海上輸送ならクリミアから一気に半日で運べる。しかも制海権をとっているから陸上のようなウクライナ軍の妨害がない。キーウ撤退以後の主正面となり戦闘が日々激化している南東部の戦線ではロジの支援ルートとして陸上に加えて海上が安全に使えた。

 しかし今回陸上から対艦ミサイルが撃たれ、モスクワが撃沈されたことで、ロシア軍としてはウクライナ軍の対艦攻撃能力を無力化する必要に迫られている。そのあとでないと安心して海上輸送できない。このことが陸上戦闘に相当大きな影響を与える。

 ネプチューンが迎撃しにくいこともロシア軍は認識したはず。この先、相当な時間をかけて無力化しないとウクライナで戦うロシア軍の海上ロジもできないし、ウクライナの港に出入りする船もコントロールできない。

 ロシアの目論見は大きく崩れた。いくらいい装備で訓練が行き届いていても燃料、弾薬、食料がないと軍隊は戦えない。その流れが悪くなる。モスクワ撃沈は軽視できないというレベル以上の影響を与える。