鹿の本能と習性

 鹿が歩きやすい林道に沿って長い距離を歩かないのは経験からだろう。この地域のハンターの多くは林道を車で走りながら獲物を探す「流し猟」を行うので、頭のいい鹿たちは車から見えやすい林道は普段からあまり使わず、山の斜面、木立ちの間を歩く。人間を見たら警戒音である「ピャッ」という鳴き声で仲間たちに注意を促す。鹿は(見つかった!)と思ったら、人間との距離が近ければものすごいスピードで走って逃げ、遠ければジッと観察しつつ、いざとなったら逃げようと視線をこちらに向けたまま身構える。

 特に鹿の脚が速い時々流すおなじみの林道があって、師匠の横で「あいつらめっちゃ逃げ足速いな!」とつぶやくと、師匠はひと言こう言った。

「そりゃーあいつらも命掛ってるからな。生きるか死ぬかなんだから必死だべ」

 当たり前のことだが目から鱗というか、ぬるま湯の社会で暮らしているとそんなことは忘れがちだ。私たちが街の通りを歩いていていきなり撃たれるという状況は平時ではまずないが、エゾ鹿的にはそんな感じのはず。

 ああ、そりゃそうやね。命懸けで生きてるんやもんねえ。生きたいと思っているのは人間だけとちゃうよねえ。人間のように生きるのが複雑になってしまった生き物は自殺も多いけど、「生まれてきたから生きる、生きるために食べる、危険があれば逃げる」というのが本能というもの。本能は殺されることを拒否し、ただただ生き残ることを追求するものだ。

筆者近影。オス鹿を仕留めたところ。手にしているのは愛銃「サコーM75デラックス」