これと相前後して、中国は、2021年10月に「陸地国境法」を制定し、2022年1月から施行開始した。同法の規定では、「国家主権と領土保全のため、国境の中国側に交通、通信、監視、防衛施設などを建設でき、戦争発生時には国境地帯を封鎖できる」と明記している。また「違法な越境者が暴力行為に及んだ場合、武器使用も可能」であると定めている。今後、軍事基地化する可能性が極めて高いだろう。

中国が「自国領」を主張するときの3要件

 中国が紛争地域の地名に中国語表記による「公式名称」を付けたことは、極めて重大だ。それが領土拡張の“お決まり”の手順であり、過去にも前例があるからだ。

 中国の領土主張の要件は、3つある。

(1)中国語名があること
(2)中国住民がいること
(3)中国の法律で規定していること

 この3つの要件が、自国領土だと主張する「大義名分」になっている。

 歴史をさかのぼれば、中国による南シナ海の強硬な領有権の主張も、最初は中国語表記による「公式名称」をつけることから始まった。拙著『中国「国恥地図」の謎を解く』(新潮新書)で紹介した歴史的経緯をかいつまんで記そう。

 1933年、国民党政権である中華民国政府の内政部は、語学専門家チームからなる「水陸地図審査委員会」を設立し、欧米の英語版地図帳にある南シナ海の島嶼名をすべて中国語に翻訳して一覧表を作った。それをもとに、1935年、中国語名だけを記した「中国南海各島嶼図」を製作した。

 第二次世界大戦後の1947年、内政部は南シナ海を初めて視察した後、南沙諸島の96ある島嶼を11本の破線(十一段線)で取り囲み、中国の海上国境線だとして「南海諸島位置略図」を発表。翌年、国勢地図の「中華民国行政区域図」に公式収録した。

 共産党政権である現在の中国は、国民党時代に作られた地図を引き継ぎ、そのまま南シナ海の海上領海線として領有権を主張しているのである。ただ、1953年に毛沢東はベトナムに友好を示すため、ベトナムと広東省の間にある「十一段線」のうちの2本の破線を消して9本にした。これが今日の「九段線」(牛舌線)と呼ばれる領海線になった。