(舛添 要一:国際政治学者)
7月12日から東京に緊急事態宣言が発令されたが、人出はほとんど減っておらず、どこまで効果が出るか不明である。新型コロナウイルス感染者は連日増えており、収束の兆しは全く見られない。14日の東京都のコロナ感染者は1149人に上り、5月8日の第4波のピーク1121人よりも多くなっている。翌15日には1308人とさらに急増し、前週の木曜日(896人)よりも412人増えている。
デルタ株は、東京では全体の50%にまでなっており、その感染力の強さ、そして市中感染の拡大が、この急増をもたらしたと考えられる。
五輪優先で国民生活にシワ寄せ
菅政権は、感染の拡大を何としてでも抑え、東京五輪を成功させたい。だが、首都圏、北海道、福島県では無観客開催の方針を決めた。宮城県と静岡県は観客数を制限して行うことになった。
オリンピック大会とは、世界中から選手のみならず観客も集まって、スポーツと文化のイベントを繰り広げ、平和の祭典とするものである。その本来の意義からすると、無観客というのは極めて問題が多い。
900億円のチケット収入も27億円が見込まれるだけとなり、欠損分は都民、そして国民の税金で賄うことになる。IOCは一円も負担しないし、無観客でもNBCからの放映権料は確保できるのである。しかし、テレビで観戦するだけならば、東京で開催する意義はほとんどない。
東京五輪の招致が決まって以来、日本の政治は全て五輪優先で動いており、その弊害は様々なところで露呈している。その最たるものがコロナ対策であり、五輪関係者に対し、国の基本方針の例外となるような優遇措置を与え、国民の顰蹙を買っている。