実際、これは当時大混乱を招く原因となっていた。学校の休校問題ひとつを例にとってみても政府の部署ごとで異なる見解を示した。教育部長官が休校を想定した措置を指示する一方で、保健福祉部は休校は過剰反応だと反対意見を表明したりした。結果、教育現場は混乱に陥った。あるいは誰が責任者か、どこが担当部署かがはっきりしないケースが出てきたり、政府やソウル市が方針をめぐって衝突するようなケースが起きたりした結果、バラバラな指示に右往左往する国民の姿があちらこちらで目撃された。

 この時、朴槿恵政権を誰よりも声高に批判したのが、野党代表であった文在寅現大統領だ。

 文氏は当時、朴政権のMERS対応に対して特別声明を出し、「MERSのスーパースプレッダーは朴槿惠政府自身だ」として、政府の無能さと無責任さを糾弾、朴槿惠大統領に心からの謝罪を要求したのだ。もちろん、当時、政府が最も批判を受けていた「コントロールタワー不在」という問題に対しても、「青瓦台がコントロールタワーの役割を果たすべきである」と朴槿惠大統領を強烈に批判した。

朴槿恵政権のMERS対応批判が、新型コロナで特大ブーメランに

 その彼が2016年大統領に就任し「攻守交替」、つまり、政府を批判する側から、政府の指揮を執る立場となった。そして2020年初頭に、新型コロナウイルス問題が急浮上してきた。文大統領としてはMERS騒動の際の自身の発言や世論の動向を意識せずにはいられなかったはずだ。新型コロナに対する現政府の対応が、前政権のMERS対応と比較されることは間違いない。首尾よくここを切り抜けなければ、かつて自分が前政権に対して投げつけた厳しい批判が、自身への特大ブーメランとなって跳ね返ってくることになりかねない。しかも4月の総選挙を目前に控えたこの時期だ。何としても「朴槿惠政権よりはいい」という評価を受けなければならない――文大統領はプレッシャーさえ感じているのではないだろうか。

 そんな大統領の心中を垣間見ることができるのが2月5日に文大統領がソウルのある保健所を訪問した時の一場面だ。この時点で明らかになっていた感染者数はまだ19名で政府の隔離措置、統制が功を奏しているとみられていた。

 文大統領は同行していた朴元淳ソウル市長(与党)に、「MERSの時と比較してどうですか?」と状況を聞き、朴市長は「経験と学習の効果があるので、はるかに上手く対応している。私たち(市)が提案すれば中央政府がほぼすべて聞き入れてくれる。過去とは比較することができないほど」と応え、朴槿惠政権の対応より改善され、政府とソウル市との協力関係もうまくいっていることを強調した。この会話が、何よりも朴槿惠政権を意識しての対話だったのは明らかだ。