東日本大震災の発生から2週間余りが過ぎた3月27日の夜、フジテレビが「うたでひとつになろう日本」と題した3時間の特番を組んだ。
テーマソングに使われたのは「上を向いて歩こう」。坂本九の唄った昭和の名曲である。
企画者の気持ちは分からないでもない。しかし、これが今の日本を励ますのに相応しい歌なのか。番組のサブタイトルにもなって最後は出演者総出で大合唱したこの曲に少し違和感を覚えながらこの歌番組を見守ったあと、今の日本に必要なのは「上を向いて歩こう」ではなく「リンゴの唄」だと思うに至った。
焼け野原のBGMになった歌
焼け野原、闇市、買い出し列車。終戦直後の様子を伝えるモノクロ映像のBGMには必ずと言っていいほど「リンゴの唄」が使われている。
戦後初めての日本映画「そよかぜ」の主人公、並木路子が唄う挿入歌として発表され、当時としては空前の大ヒットとなった。昭和を代表する、いや日本の歌謡史を代表する曲である。
歌のみならず「そよかぜ」自体も時代を映す映画として後世まで知られている。劇場の裏方として働く18歳の少女が歌手としてステージに立つまでのスター誕生のストーリーが、個性的な楽団員らとの交流を通して描かれている。夢に溢れたほのぼのとした映画だ。
もっとも朝日新聞は戦後初の映画評(1945年10月12日付)でこの映画を「ムシヅを走らせたいと思ふ人はこの映画の最初の十分間を経験しても十分である」と酷評した。
今でこそ体制に抗って大衆の味方のようなふりをしている朝日も、戦時中は大本営に与して戦争を宣揚し続けていた。終戦まもなくのことだからその振り上げた拳を下ろし切れていなかったのだろう。
戦時中の価値観をもって眺めれば、この牧歌的な匂いさえする映画は軟弱極まりない、それこそ「ムシヅの走る」ものに映ったに違いない。